底辺回復術師の奮闘記 ~最弱回復術師かと思いきや、実は世界を滅ぼしかねない最凶の禁術師でした~

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 居間の壁に大きく空いた穴から差し込む朝陽を見つめながら、愛弟子がどんな朝飯を作ってくれるのだろうかと、オレは楽しみに心を弾ませていた。  しかし、オレはあることに気付き、ハッとなる。我が家に残された糧秣は限りなくゼロに近いことを思い出したのだ。  こんなことになるんなら、無理してでも食材を買い込んでおくんだった。そうしたら、人生初の美少女の手料理が堪能出来たかもしれなかったのに。  仕方ない。なにかないか探しに行くか。オレもレラの後を追いかけて台所に向かった。  オレが台所に入ると、先に来ていたレラが振り返り不思議そうな顔を浮かべた。 「どったの、師匠? 朝ご飯なら、ボクがお作りしますよ?」 「いや、食材がほとんどないことを思い出した。ちょっと待ってろ。なにかないか探してみるから」  食材を探そうにも、昨夜の宴になけなしの食材はほとんど使い果たしてしまった。  とりあえず、オレは冷蔵庫を開けてみた。後ろからレラが顔を出して顎をオレの肩に置くと、一緒に中身を覗き込んで来る。 「うわ……見事なくらい、なんにもないっすね、師匠!」喜色に塗れた声色が狭い台所に響き渡った。  こいつ、なんでそんなに嬉しそうなんだ? まあ、いい。とにかく、なにかないか確認だ。オレはまじまじと冷蔵庫の中身を確認する。  冷蔵庫の中は虚無空間が広がり、開封済みの焼肉のタレのペットボトルやマヨネーズ、トマトケチャップなどの調味料しか入ってはいなかった。野菜室には人参であったであろう乾いた赤黒い残骸が転がり、その他には乾燥しきった何かの野菜クズなどしか見当たらなかった。  しかし、そこはそれ。なにも無いというわけではない。ちゃんとオレは飢え死にしない程度の食料は備蓄しているのだ。  目下のところ、我が軍の残存戦力は米と梅干しと海苔を除いては味噌や醤油、塩といったエース級の調味料が確認されている。マヨネーズやケチャップが残っているのが幸いした。これらの現有戦力だけで、我が軍は一週間は余裕で戦えるだろう。  例えば、おにぎり。梅干しと海苔が加われば最強の戦士と化すことは請け合いだ。  味噌に至っては、たんぱく質・炭水化物・脂質・ビタミン・ミネラルなどの他に必須アミノ酸も豊富に含まれている。それをただお湯に溶くだけで絶品のミソスープが堪能出来るだろう。  他にも炊いたご飯にケチャップをかけて炒めれば鶏肉無しチキンライス(ケチャップライス)を作ることが出来るし、マヨネーズで炒めればバターライスのようなものを作ることも可能だ。 「とりあえず、米を炊こう。炊けるまで一時間くらいかかるから、それまでにお部屋の片づけでもしましょうか?」部屋の惨状を思い出し、朝食よりも片づけを最優先課題とした。なにを作るかは米が炊けてから考えるとしましょうかね。 「了解っす、師匠!」口元から八重歯を輝かせながら、レラは嬉しそうに敬礼して言った。  オレは炊飯器の釜に米を多めに五合入れると、シンクに行って手際よく米を水洗いする。 「感動するなぁ。お米って、そうやって研ぐんですね。ボク、初めて見ます! お米を研ぐスキルを持っているだなんて流石はボクの師匠。凄すぎです!」キラキラと眼に星でも宿しているかと錯覚するくらい、レラは瞳を輝かせた。  米を研げるのが凄いだって? やれやれ、オレにとっては普通のことなんだがな。だって、今のオレにはコンビニ弁当すら高級品で、自炊するしか生きる術がないのだから。言っててちょっと空しくなってしまったぞ。 「正確には米を洗っているだけだ。大昔と違って、市販されている米は精米しているから、米ぬかを丁寧に水洗いするだけでいいんだ。力越しに洗ったら、米が壊れて美味くなくなるから注意だぞ? ってか、お前、米を炊いたこともないのか?」 「うん、そうだよ。普段は木の実や山菜を採って食べたり、猪を狩って鍋とか丸焼きにして食べているかな?」  まさかの狩猟生活!? いや、ハンターだからいいの、か?   オレは一瞬、思考の迷路に迷い込んでしまったが、すぐにどうでもよくなったので考えるのを止めた。ソロでダンジョンボスを討伐するような奴に現実世界の常識など通じるわけがないことに気付いたからだ。でも、一つだけ気になったので聞いてみた。 「北海道に猪はおらんぞ?」 「ええ!? そうだったの? だからか。北海道に拠点を移してからは、一度も猪鍋を食べたことがなかったからね。おかげで最近は熊鍋ばっかりだよ。あれはあれで脂ののった牛肉みたいで美味しかったな」うっとりと涎を垂らしながら顔をふやけさせた。  まさか素手で猪や熊を狩っていらっしゃる? 笑顔のレラに熊が撲殺される光景が頭を過った。  熊さんが可哀想に思えてしまった。この家の裏にある樽前山にも熊は数多く出没する。その時、熊さん、逃げて! と心の裡で叫んでしまった。  その間も、レラは興味津々に米を洗い続けるオレの姿を凝視していた。  もしかして、米洗いをやってみたいのかな? 今後の事もあるし、レラに米の炊き方くらいは教えておいた方がいいかもしれないな。  「レラ、やってみるか?」 「え? いいの!?」瞳に輝きが増した。頬を染め、全身が歓喜に打ち震えていた。  オレはレラに釜を手渡した。  レラはじっくりと釜の中を凝視すると、恐る恐る釜の中に手を入れ、ゆっくりと水に浸った米を手でかき回し始めた。必死な形相とぎこちない動きが微笑ましいと思った。しかし、同時に胸がチクリと痛んだ。  レラはこの年齢になるまで、誰にも米の炊き方すら教えてもらえなかったのだ。家庭環境に恵まれた良家のお嬢様だったら問題はない。しかし、彼女は十年前の覚醒戦争の折、全ての家族を喪い幼少期から現在までハンターとしての人生を歩んで来たのだ。その境遇を思うと胸が痛み思わず涙が込み上げて来た。  レラ、お前の普通って、同年齢の娘たちの普通と比べると、どれだけ色褪せているんだろうな? その笑顔の裏で浴びた血の量を思うと胸が詰まってしまった。  そんなことを思いながら、オレは懸命に洗米するレラの横顔を観察する様に凝視した。  しかし、改めて見ると、獣耳みたいな髪型といい八重歯といい、こいつ、本当は本物の獣人娘なんじゃないか? と真面目に思ってしまった。そして、そこに重要なパーツが一つ欠けていることが残念でならなかった。  オレがジッとレラを凝視していると、彼女はオレの視線に気付いて不思議そうに首を傾げた。 「どったの、師匠? ボクの顔になにかついてる?」 「いや、これで尻尾でもついていたら完璧だったのにな、と思って」 「なにが?」 「いや、こっちの話。あ、洗米はそのくらいでいいぞ。白色の濁りがなくなって水が透き通ればOKだ。よし、これで洗米スキルについては免許皆伝だぞ」 「わーい! やった、やった! 初めて師匠にスキルを教わっちゃったぞ!」両手を上げて無邪気にはしゃぎ回った。 「米一合につき水の量も一合だ。今回は五合だから、この釜にある5の目盛りまで水を張って炊飯器のスイッチを押せばOKだ」  オレはレラに説明しながら、釜を炊飯器にセットした。 「これで、米の炊き方は分かったな? 次回からはレラに任せるから、よろしく」 「あいあいさー! 了解っす、師匠!」ビシッと敬礼を決めて、八重歯を光らせながらニッコリと微笑んだ。 「さ、米が炊けるまでお部屋の片づけでもしましょうか」そう言って炊飯器のスイッチを入れると、オレたちは台所を後にした。
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