底辺回復術師の奮闘記 ~最弱回復術師かと思いきや、実は世界を滅ぼしかねない最凶の禁術師でした~

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「残念ですが、伊庭さん。本日限りでオレたちのパーティーから卒業してください。この通りです!」  オレは呆然としながら、彼等の頭を凝視した。顔ではなく、何故、頭を凝視しているかって?  何故なら、今、まさに、オレをパーティーから追放しようとしている五人の仲間たちは、床の上で見事な土下座をしているからであった。  どうしてこうなった? 狼狽しながらも、仲間達の頭を見下ろしながら、オレは呆然と立ち尽くした。  時間は、今朝、オレが目覚めたところまで遡る━━。  オレは布団の中から手を出すと、けたたましい音が鳴り響く前に目覚まし時計のボタンを押した。見ると時計の針は六時五十五分を指していた。今日もまた勝利したぜ、と、誰に対しての勝利宣言なのか心の中でガッツポーズを取った。  ベッドから身を起こすと、枕元に置いてあったTVのリモコンを手に取り電源ボタンを押す。液晶画面からいつもの朝のニュース番組が映し出され、ちょうど天気予報をやっていた。どうやら今日は一日中快晴らしい。特に雨具の用意は必要なさそうだった。  天気予報が終わると、次に始まったのは『魔王門ゲート情報』である。場面は切り替わり、安全ヘルメットを被った現地のリポーターの姿が映し出された。 「本日は特に期限が差し迫った危険な魔王門ゲートは確認出来ておりません。ゲートブレイクの危険性は皆無と思われます。そして、本日注目すべきゲート攻略情報は、つい先日、北海道の旭川市に出現したオーガ級ゲートになります。あのS級ギルドとして世界中で有名な『神威ギルド』が本日より攻略に乗り出す意向を表明しており、その動向が注目されているところです」  オレは再びリモコンの電源ボタンを押してTVを消す。自然と溢れ出す溜め息は現実を再認識したが為のもの。S級ギルド。それは、自分にとって天よりも高い存在。いや、超高次元の存在とも呼べるだろう。夜空に煌めく星々に手を伸ばしても決して掴むことは出来ない。ただ地上からその輝きを眺めることしか出来ないのが普通だ。S級の名を冠した存在は、その夜空に煌めく星々に相違ならない。そして、オレはその星空をただただ眺めるだけの存在なのだ。  オレはふと、枕元に置いてあったハンターライセンスを手に取った。そこには『F級ハンター 回復術師ヒーラー 伊庭拓海 28歳』の文字と共にオレの顔写真が添付されている。自分で言うのもなんだが酷く地味な顔である。短く刈り上げた髪に覇気の無い顔つき。辛うじてブサメンではない(と、思うのは自意識過剰だろうか?)にしろ、どう見てもモブ顔にしか見えなかった。年齢よりは若く見られがちだが、それは単に人生経験の差であろう。男というものは苦労をしただけ精悍な顔立ちになっていく。だから、男性は女性と違って若く見られても得は無く、単純に相手から見くびられる原因になるので喜ばしいことではないのだ。あ、ちなみに、ハンターライセンスは毎年更新の義務がある。それは、ハンターの生存報告も兼ねていた。 「同期でF級なのは、間違いなくオレだけだろうな。十年もハンター稼業を続けているってのに、なんでオレは未だに最底辺を這いつくばっているんだろうな?」自然と深い溜息が出た。  考えていても仕方がない。生きる為には仕事をして金を稼がねばならないのだ。オレの唯一の財産は十年前に亡くなった両親が遺してくれた築三十年の一戸建て住宅のみ。固定資産税などの経費はかさむが、家賃がかからないのは一番の救いだ。食費さえ確保できれば何とか生活することは可能だ。持ち家がなかったら、オレはとっくの昔に野垂れ死にしていただろう。  気持ちを切り替えると、オレは立ち上がり、ズボンをはく。お次に部屋のドアの上部から突き出ている戸当りにかけられた白の魔法衣を手に取った。  衣文掛けから魔法衣を取ると泥汚れが目についた。どうせこれからもっと汚れるのだ。多少の汚れなど気にもせず、オレは魔法衣を羽織った。忘れずにドアの近くの壁に立てかけられた魔法の杖を手に取る。見ると、杖の先端にある魔石が黒く濁った輝きを発していた。かつては淡い蒼色の輝きを発していたのが嘘の様だ。魔石に込められた魔力残量が尽きかけているのだ。 「そろそろ魔石も交換せにゃならんな。今度、魔法衣もクリーニングに出さないといかんし、また金がかかるな」必要経費という言葉がオレの頭に重くのしかかった。魔石の交換も十万円はくだらないし、魔法衣のクリーニングも普通の服の相場の十倍はかかってしまうのだ。  せめてD級くらいまでハンターランクを上げられれば消耗品の経費に苦慮することもなくなるのだが、最低ランクのF級ではその日の暮らしさえままならない程度の報酬しか入って来ない。普通なら、一年も下積みを続けていれば誰でも簡単にE級くらいなら上れるものだ。  だが、それも普通のハンターならば、の話である。残念ながら、オレは普通ではなかったらしい。ハンター稼業を始めて十年になるというのに、オレは未だに駆け出しから這い上がることが出来ずにいた。  大ベテランの駆け出し最底辺ハンター。それがオレの二つ名でもあった。 「おっと、ポーションの数をチェックしておかないと」炬燵の上に置いておいた肩掛け鞄を取り上げ、中を見る。「あ、しまった! 毒消しと麻痺回復のポーションが無かった! 仕方ない、駅前のコンビニで仕入れるとするか」再び必要経費という言葉が頭にのしかかり、朝からオレは三回目の溜め息を吐いた。「ヒーラーなのに、各種ポーションが必須アイテムなのって、多分、オレだけなんだろうな」四回目の溜め息を吐いた後、オレは炬燵の上に置いてあった朝食用のアンパンを手に取ると、そのまま家を出て行った。
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