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花菱屋白菊
白菊は、遊女の中でも高位の太夫という存在で、その美で、一つの城も傾くという例えからきた傾城とも呼ばれていた。
白菊ほどの花魁の一夜は高くつく。それなりの人物でもなければ滅多に見ることもできない存在だ。
白菊は恋をしたことがない。店にくる男たちは白菊にとっては客以外の
何者でもなかった。
「すんません、誰かいらっしゃらないか」
店先から聞こえたその声に、白菊は
(迷いこんんでしもうたか)
と、一種の悲しみをその瞳に滲ませた。店先に一人佇む男を眺めていると
何とまあ可愛らしいことだろうか。まるで生まれたての子鹿のようだ。
あちらこちらに目がいき、落ち着かない。白菊はいてもたってもいられなくなり、その男の元に駆けていった。
「おいでなんし」
と声をかけると、肩を震わせてこちらを向く。
あまりにも純粋な真っ黒な瞳は白菊を静かに見据えている。
(わちきよりも年上かいな?)
その姿にそうも思った。
「あんたは、」
「白菊と、申します」
「白菊、どの」
(あれまあ。驚かないとくるのかい、面白いお方だわいの)
白菊、と言う自分の名を噛み締めるように口にする男に、どこか不思議な感覚を覚えながらも、御用を聞いた。男ははにかみながら、容量の得ない答えをする。
そんなうちに座敷から声がかかってしまい、白菊は旦那を呼んでくるとつげ、
男の目の前を去った。
(そういや、あん御方のお名前を聞いていない)
座敷の後に、部屋の窓から月を見ながら、ふと思った。
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