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「……ぁ」
城川が、小さくそう呟く。奴は慌てて顔を上げる。その目が、潤んでいるのに気が付いてしまった。
「……城川?」
小さく奴のことを呼べば、その目からはらりと涙がこぼれた。え……なんで、泣いてるんだ?
慌てる俺を他所に、先輩は城川を見つめてる。じっと、視線を少しも逸らさずに。
「こういうこと、しちゃダメだからね」
「……はい」
先輩のいう「こういうこと」は自傷行為とか、そう言うことなのかもしれない。
そんなことを思って、俺はかける言葉を迷う。どういう風に声をかければいいのか。それがわからないし、そもそも今俺が口を挟めるような空気じゃない。
「もしかしたら、キミには僕の想像する以上に辛いことがあるのかもしれない」
ゆったりと、先輩が語りだす。その言葉に、城川はただ目を丸くしていた。ぽかんと口が空いている。間抜けだと思ったけれど、口に出せるような空気じゃない。あと、純粋に茶化すのは嫌だ。
「だから、話くらいは聞くよ。……僕で、よかったらだけれど」
にこやかに笑った先輩が、城川の頭を撫でた。……それは、俺がいつもしてもらっているのと同じことだった。
亜玲に恋人を寝取られて、愚痴る俺のことを先輩はただそうしてくれた。……あと、なによりも。ずっと、話を聞いてくれた。それがどれだけありがたいことなのか、俺はよく知っている。
「お、れ……」
「……うん」
「ずっと、選ばれないの」
はらはらと涙を零しながら、城川がそう零す。その手の甲で涙を必死に拭うのを見てか、先輩はタオルを引っ張り出して城川に渡した。城川は、それを素直に受け取る。
「好きになった人は、俺を見てくれない。絶対に、別の人を見ている。……それが、辛いんだ」
「……そっか」
「だから、好きになったら一直線になって、追いかけて、好きになってもらおうとする。……けど、それさえも無駄なこと」
……どうやら、城川にも城川なりの考えがあったらしい。俺は、無意識のうちにこいつの傷を抉っていたのかもしれない。今更それに気が付いて、反省する。ぐっと唇を結んで、城川の話の続きを待つ。
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