prologue

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 天は二物を与えずなんて、嘘だ。嘘っぱちだ。 「あのさ、(いのり)」 「ん? なんだ?」  にっこりと笑って、とぼけた。けれど、彼――俺の恋人の言いたいことなんて、手に取るようにわかる。  この後、言うことは――。 「俺、ほかに好きな奴が出来たんだ」  少し頬を染めた恋人が、俺からそっと視線を逸らす。  あーはいはい。何度も聞いた決まり文句。その後の言葉も、大体理解している。 「だからさ、その、別れて、くれないか?」  予想通りだった。あとついでに言えば、奴の好きな奴も把握済み。それは別に、俺が恋人、いや、この場合は元恋人のストーカーをしているとか、そういう問題じゃない。だって、『これは何度も聞いたお決まり文句』なのだから。 「……いいよ」  俺が笑って、そう言葉を返す。すると、元恋人はホッとしたように胸を撫でおろしていた。 「でも、ひとつだけ訊かせてもらっていいか?」  だけど、表情を真剣なものに変えて、そう問いかける。そうすれば、元恋人は頷いてくれた。きっと、一方的に別れを告げたことに多少なりとも罪悪感を持ってくれているのだろう。 「――お前の新しく好きになった奴って――」  そこまで言うと、俺の肩にとんと手が置かれた。その手は、元恋人のものじゃない。  もっときれいで、傷一つなくて。綺麗に整えられた爪は、まるで女のようだ。でも、俺は知っている。こいつは、れっきとした男だと。
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