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「ひゃっほー、夏だぜー!」
六月。今日から衣替え。いつものように冬芽と学校に行こうと冬芽の家の前で待ってたら、夏服に身を包んだ冬芽がドアから出てきた途端、両手を空に広げて声を上げた。
あーあ、また夏が来ちゃった。毎年夏の初めにこの台詞を聞くたびに、私の心にぐるぐると嫌なものが渦を巻く。
冬芽がドアの鍵を閉めて私の目の前に来た。
「何だよ夏芽。今年も嬉しくなさそうだな」
嬉しくないよ。だって夏が来たら、冬芽いっつも大はしゃぎするんだもん。夏が来たとはしゃぐ冬芽を見るのは今年で十年目。さすがに我慢が限界に近づいていた。
寒がりの冬芽は冬よりも夏が好きらしい。というかどうやら暑いのが好きみたいで、とにかく暑い日には決まって外に出てわざわざ一番暑い場所を探しにいくくらいだ。
私もその前までは夏が好きだったけど、冬芽が夏が好きだと知ってからは、夏が来てほしくないと思うようになった。
変なの。私は夏芽で、こいつは冬芽なんて名前なのに。
「おーい。眉間にシワ、寄ってるぞー」
「うるさいわね。ほっといてよ」
冬芽が自分の顔の眉間を押さえながら私に見せつけてくるので私は顔をそらした。ほんとこの男は……。
「夏なんて、早く終わればいいのに……」
私がボソリと呟いた言葉に冬芽が噛みついた。
「おい、人がせっかく夏を楽しもうとしてるときに何だよそれ!」
「私はぜんっぜん楽しくないもん。冬芽のくせに、夏が好き、なんて変わってるよ!」
「名前は関係ねえだろ! だいたい、それ言うならお前だって夏芽なんて名前なのに夏が嫌いなんておかしいぞ!」
「私のことはいいの!」
だって言えないじゃない。夏の暑さに嫉妬してるなんて。
別に、夏が嫌いなわけじゃない。ただ、夏の暑さに夢中になるほど冬芽は私のことを思ってはくれないから、それが悔しくて切なくてもどかしくて、夏に冬芽をとられちゃいそうな気さえしてきて。
せっかく昨日は楽しかったのに。何でこんな気持ちになるのかな。
「……」
冬芽の視線が悔しげに私の鞄に向く。私もそれに目を向ける。
昨日冬芽からもらったマスコット。私が欲しがってたみたいだからと、なけなしのお小遣いで買ってくれたもの、だそうだ。
私が夏になったら憂鬱になる理由はもう一つ。
昨日になるまではワクワクしてたのに。昨日になったら冬芽は私のことだけ考えてくれてたのに。
毎年毎年、昨日になると、冬芽は私のことだけ考えてくれる。
なのに今日になった途端にこれだもん。それが余計に悔しくて。
夏にまで嫉妬するなんて、私って、変?
「……ちぇっ」
鞄から視線をそらすと、冬芽は足元の石ころを蹴った。蹴られた石ころには同情を覚える。
「……とりあえず学校行こう。遅れるわけにはいかないし」
「……ああ」
そうして私たちの朝は険悪なムードから始まった。
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