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コンシェルジュが恭しく一礼をして何事かを言った。隣りで狼狽えていると、洸が横から通訳してくれた。
「突然雨に降られて大変だったでしょう、って」
「いえ、こちらこそこんな格好で来てしまってすみません…って、通訳してもらってもいいですか?」
このくらいの内容ならイタリア語は無理でも英語でなら話せるはずなのだけれど、今は完全にキャパオーバーで頭が回らない。
洸が流れるようなイタリア語で話すと、ごゆっくりおすごしくださいませ、と突然流暢な日本語が聞こえて驚く。
「これだけは覚えたんですよ」
そう言ってコンシェルジュの男性が軽くウィンクをした。
これも高級ホテル流のおもてなしなのだろうか。
(全然、良くしてもらうような身分じゃないんだけど…)
予約していたホテルや、その後訪れたホテルでもひたすら断られ続けた清流にとっては、温かい対応に思わず目が潤みそうになる。
「おい、いきなり泣くなって。俺が泣かしてるみたいに見えるだろ」
「す、すみません……」
「あぁもう、ほら行くぞ」
差し出された右手に一瞬躊躇うも、清流は洸の目配せに気づく。
(そっか、恋人同士のふりだから…)
頭では分かっていても、繋がれた手を引かれると平静を装うのは難しい。
清流は俯いて落ち着かない気持ちになりながらも、そのおかげか涙は引っ込んでいた。
ベルボーイを呼び寄せて引き継いだコンシェルジュは、エレベーターホールへと向かう二人の後ろ姿を穏やかに見送った。
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