驟雨の導き

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驟雨の導き

 数分前は晴れ渡った夏空で、傾向き掛けた日差しに溶け込むよう、気持の快い涼風が(そよ)いでいたが、突如沸き上がった黒雲が空を覆い、瞬く間に陽光を遮ると、大粒の雨が街を襲った。    昼食を兼ね訪れたショッピングモールで、新居に見合った家具や、日用品をひと揃え買い終えた蔵内 禅(くらうち ぜん)は、乗りつけた車を、立体駐車場では無く、屋外の平面駐車場へ停めてしまったことを激しく悔やんでいた。    舌打ち混じりに一歩踏み出した時、不意に名前を呼ばれ、顔を向けると、華やかな面立ちの女が、禅に向かって微笑を見せた。 瞬時に見知った顔を認識すると、禅も自然と笑みが漏れ、女は更に可憐な笑顔で応えると、開いた雨傘を差し出した。  女の背丈に合わせるよう、身を屈めた禅は、小さく『サンキュー』と呟き、女を従え駐車した愛車へ向かった。 「助かった。有難うな──」  運転席側のドアを開いた禅が礼を告げ、素早く乗り込み、ドアを閉め掛けると、   「え、嘘でしょ? 送ってってくれないの?」  顕わに不満を叫び、女は禅を睨んだ。途端気まずそうに嗤った禅は、顔を振ると後部座席を顎で示した。    車に乗り込んで来た女は、赤津 香穂(あかつ かほ)、流行りのワンピースを着熟(きこな)し、適度な肉付きの、スラリ──とした肢体を持つ美しい娘だ。  大学時代から禅と親密に交際をして来た、言わば彼女と言った立ち位置の女だ。   「凄い雨ね──」  呟いて後部座席に座った香穂は、傘があったものの随分雨を浴びてしまい、ピタリ──と足に纏わり付く、スカート生地の気持ち悪さに顔を顰めた。    香穂を無視する体でハンドルを切った禅が、今しがた出て来た、ショッピングモールの立体駐車場へ車を滑り込ませ、   「──ちょっと、戻ってどうすんのよ?」  目を(みは)った香穂は助手席のヘッドレストを掴んだ。   「連れが……待ってる」  『連れ』と聞いた途端、香穂の細い眉は険しく歪み、 「──女?」  憮然と尋ね、ルームミラー越しに禅を睨んだ。   「いや、男だよ」  涼しい顔で即答した禅の肩を、ツン──と小突くと、   「まったく。二ヶ月も放置しといて、浮ついたことしてたら……許さないから──」  思わず零れた己の嫉妬(やきもち)に、多少照れたように頬を膨らませた。   「アホが──うぜぇわ」  香穂の邪揄(からか)いに、禅はフン──と鼻を鳴らした。   「バカ男。二ヶ月よ? 電話も……ラインの返事すら無しで。フラれるよ? 普通……」  後部から頸を捉えると、それに両手を這わせ軽く締める動作で煽った。  香穂の挑発には乗らず、軽く唸り声を発てた禅は『危ない』と不機嫌に呟き、戯れを辞めさせた。  むくれた香穂に嫌なものでも見た風に一瞥くれ、五階の駐車スペースに車を入れた禅は、無言で降りると店舗の入り口へ走った。
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