花揺らす疑心

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花揺らす疑心

 行き交う人々の波に飲まれて行く、その愛しい長身を目で追った香穂(かほ)は、   「って、位置付けてるのは……私だけよね。わかってるよ」  自嘲気味に笑うと。(ぜん)に言われた言葉を胸に広げていた。    十代の頃から『やんちゃ』して来たと、やんちゃが過ぎて一年ほど、少年院送致となったことも自白した禅は、自分の気性の荒さは一生直らないと嘲い、『彼女はつくれない』と香穂に念を押した。それでも『親密』な女は自分だけと知り、 『馬鹿にしないで、男はあんただけじゃ無いわ』  そんな強がりで承知した香穂だった。  縛らない、干渉しない……それが暗黙のルールだ。だからこそ、こうして長く続いて来た関係だった。  学生時代は未だ良かった。同じ大学で顔を合わす機会も持て、お互いに予定も合わせ易かった。すれ違い出したのは、就職したから……香穂はそんな風に納得して、月日を、年月を数えて来た。    今日にしても──買い物ならば誘ってくれても良かったのにと、苛立つ恨めしい思いが、香穂の眉間を険しくさせた。  禅が姿を消して暫く、特設催事の案内に、意気揚々と館内放送が響き、そんなタイミングでショッピングカートを押した禅が戻り、禅の傍らには眼鏡を掛けた男が立っていた。    香穂は、その華奢な白い男に見覚えがあった。  数年前、禅がスマホを失くし大騒ぎしたことがあり、その際、記憶に当たりを付け向かった先が、職場の同僚と紹介された、この男の住居だった。名前を日比野 於菟(ひびの おと)と聞かされた。    憧れを募らせ続けた禅と、な付き合いを始めたばかりで、何かと猜疑心を逞しく、禅のシーンに纏わり着いた香穂は、『家を泊まり合うほどの同僚』に、もしや異性では──と疑い、禅に着いて訪問し、姿を現したこの男に胸を撫で下した記憶が甦る。    日比野 於菟はひと目で異国の血を思わせる、明るい頭髪、抜けるように白い肌、不思議な彩色(いろあい)の瞳をした綺麗な青年だ。  以前香穂が見た時は、理系丸出しのどこか神経質そうな、とっつきにくい雰囲気を感じたのだが、小首をぺこり──と傾しげ、優雅な笑みを口許に湛えながら、スマートに車に乗り込んで来た男は、そんな棘が削ぎ落とされ、成熟した色気のような物を仄かに感じさせた。  途端に騒めき出した香穂の胸は、不思議な鼓動を起こした。俄かに染まった頬に戸惑う香穂だった。    感情を乱し、狼狽した香穂を無視するように、後部座席のドアを開いた禅は、当然のように沢山の荷物を投げ込み、居場所を追われ香穂が苦情を言葉に乗せると、面倒臭そうに唸り、些か乱暴にトランクを開け、無言で次々と荷物を投げ込んだ。   「……随分買ったのねぇ──」  まるで海外旅行者の、爆買いと言った量の荷物に、香穂は疑問を投げた。    買い物カートに三台分と言った荷物を詰め込み、車はショッピングモールを後にした。    時間にして数十分車を走らせた所に、香穂の住居が見えて来た。大通りから一本、細い路地を入った住宅街の一軒家。親元で暮らす香穂だった。    雨はほぼ止んだものの、門扉の手前まで車を寄せさせ、降車の際、禅に礼を告げた香穂は、   「──週末……家に行っても良い?」  助手席の於菟に聞かれないよう、そっと囁いたが、   「俺、引っ越したんだ──」  直ぐさま返した禅は、誘いの視線を避ける具合にハンドルを握り前方へ顔を向けた。   「えっ? 何時? どうして…… 」  路地を曲がって入って来た車に気付き、一方的に別れの挨拶を投げた禅は、慌てて車を発進させた。  「そんなこと、私……聞いてなかったよ──」  独り呟いた香穂は、突然の焦燥感に悩まされながら、遠去かるテールランプを見送った。
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