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風鈴を奏でた心地良い風は、ベッドルームに吹き込んで来ると熱れを攫い、於菟の頬を掠めて逃げた。
白いシーツへそっと手の掌を滑らせると、この二月ほどの安寧と、そこまでの道程が於菟胸に騒めきを起こし、同時と甦る男の影に、甘く悩まされ始めるのだ。
押し寄せた追憶と葛藤に項垂れ、背後から忍び寄って来た禅に気付けなかった於菟は、抵抗する間も無く飛び掛かられると、あっさりとベッドへ沈められてしまった。
「いきなり、何だよ──」
驚いて抵抗し、多少大仰に刺々しく口走ると、
「いきなりじゃ無きゃ、良いんですか?」
揶揄う口調でほざいた禅は、馬乗りに於菟を抑えると、
「──俺に彼女はいないって、言ったよな? そもそも泣いちゃないし──」
ニヤニヤ嗤いで、先ほどの会話を引き戻した。
「そう思ってるのは、禅の方だけじゃない?」
妖しく熱を帯びた視線を、真っ向から受け止めた於菟は、
「──引っ越した連絡くらい、して上げなくちゃ」
身体を揺すって、抑え付けられた下肢に不服を見せると『可哀想だよ』と続けた。
もっともな指摘に僅かばかり反省したか、気の抜けた返答を口にしながら企み顔を作り笑った禅は、上体を反らし思わせ振りな仕草でシャツを脱いだ。
仰々しい動作は於菟を竦ませたが、小さく息を吐くと観念したように伏せた瞼蓋の隙間から、禅の左腕の妖しく美しいタトゥーを窺い見た。
チカーノと言う呼び名の、メキシコギャングが発祥のタトゥーだ。
若気の至りと本人は言うが、勢いで施せるような落書きの類いでは無く、芸術作品と呼べるような代物だ。
「ちゃんと見ろよ、俺を……俺だけを──」
伏せた視線を逸らされたことに、不満を呟いた禅が、小さな顎に指を掛け上向かせると、一瞬驚いたように目を瞠った於菟は、また小さく吐息すると静かな瞬きを見せた。
己が仕向けたことなのに、当てられた視線に噎ぶよう、禅は息を詰まらせ動きを止めた。
見据えたそれは、左右アンバランスな色彩の不思議な瞳だ。
奪われた左眼の代わりに綺麗な紫菫色の義眼が嵌まっている。義眼と言っても、無機質さを感じさせない、大変素晴らしい物で、それを与えた男の執着ぶりがチリチリと禅の脆い部分を妬く。
於菟の視線を受ける度、しばし紫菫色に見惚れる禅は、何時ものように右眼に視点を逸らかす。そして探る──於菟の胸に蔓延った闇を。闇に潜む男の影を──。
俄かに苛立ちが禅を襲い、腹の裡で悪態を吐き、於菟から身を退くと不貞腐れたように、ベッドへゴロン──と仰向けに寝転んだ。
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