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new moon・誘惑★ベッドシーンあり
ベッドに沈められた体勢ののまま、視線を流すと、枕元に愛戯の準備が整っていた。初めて目にする物でも無い筈なのに、潤滑液と避妊具が、於菟の目には衝撃的に映った。
「──無理……しなくても、良いんだよ」
覚悟を挫かれたように、逃げ口上を臆々と口にし、
「僕は、君とこうしていられるだけで、十分なんだから……」
禅と暮らし初めてから、約二ヶ月、言葉の上ではとうに想いを通わせ合った二人だが、そこから先を越えてしまうことは避けて来ていた。遠回りをするでは無く。
「──俺じゃ不満かよ? 俺じゃ──駄目……か?」
顔を背向けた於菟を向き直らせ、自分に注目させると白く嗤い、於菟が慌てて首を振って見せると、
「これは大事なことだ。俺はそう思ってるんだぜ──」
禅の口調は何時になく真率だった。
「生憎と遊びのつもりも無いしな」
静かに見下ろす禅の瞳は真っ直ぐで、於菟の胸を残酷に苦しめ、哀しみの波紋が大きく広がった。
「禅、君は間違ってる。遊びの方が良いんだよ──」
重ねた言葉は苦しみから逃げる心つもりに、態と嘲いながら口にした言葉だった。
「──君には可愛い彼女がいて……僕になんか深入りしたらいけない。遊びじゃ無いなら……」
この期に及んで逃げようと、隔意を帯びた於菟の言葉に、業を煮やした禅は、接吻けで反発すると、焦れた動作そのままに於菟の衣服を剥ぎ取りに掛かった。その最中も口唇は離さず、強引な舌を蠢かせ、早急な所作でシャツを奪い取ってしまうと、シーツに溶け込んでしまうほどの、白く頼りない肌が顕わになった。
『あの日──』と、禅の心に過るのは、イカれた形成外科医の家から連れ戻し、自分の部屋へ連れ帰ったあの満月の夜──。
身体以上に、心が傷付いただろう彼を、独りにして置けなかった禅──。
憔悴した彼の身体に刻まれていた、悪魔の所有物たるあの印徴──。
白い肌に縦横無尽と浮かんでいた、紅い愛咬の跡は禅を拐し、取り憑かれたように、此処にひとつ、此処にもひとつと、まるで、数を拾い出すようにその跡を追い掛け、陰嚢の裏側にまで確認すると、絶望に突き落とされると言う不思議な感覚は、禅を果てしなく憂悶させた。
それは何時までも──今、この時にも、だ──。
学生時代からの親しい友人。職場の同僚。そんな位置付けだった彼が、この一連の流れで何か別の、妖しい生き物にでもなってしまったようだった。
(いや──、そうじゃ無い……)
それに禅が気付くには、然して時間は掛からなかった。変わってしまったのは禅自身だった──
あの白い部屋で彼を探し当てたあの時──。
月明かりの差し込む小窓を、夢見るように眺める姿は、薄手のシャツ一枚と言う粗末な物でも、御伽噺のお姫様と見紛う美しさで、元来が浪漫主義とは掛け離れた禅を瞬時に魅了してしまった不思議な瞬間だった。
囚われのお姫様を彷彿させた於菟の、手首を拘束する枷と足首に残された痣──それに有ろうことか湧き起こった感情──それは、不謹慎にも欲情に一番近いものだった。
長い間、禅の心に潜んでいた於菟への想いが、一気に溢れ出した瞬間だった。
全裸に剥かれても尚、往生際悪く身体をくの字に折り抵抗して見せた於菟は、烈しい接吻けに酔わされた口唇に震える舌先を這わせた。
ベッドサイドの灯りを頼りと、避妊具を其処へ当てた禅は、充分に勃起った陰茎を扱いて見せ、
「俺は充分だ。さぁ……教えてくれ──お前の愛し方を──」
頼りない照れ笑いを浮かべた。
「──そんな処にもタトゥーだなんて……」
怒張した陰茎の根本に、何やら意味深な文様の刺青が施されており、冷やかし笑いを漏らした於菟だが、これ以上の抵抗は禅に恥をかかせ、曖昧な嫌な空気を作るだけだった。
「わかった。今、体勢を取るから、待って──」
身体を捉えて来る腕を制し、ベッドの上へ四つん這いになると、静かに左肩をベッドへ落とし、尻を高く持ち上げ背中をカーブさせた。それは、於菟が男の体積を迎えるに、最も負担の少ない形だった。
「──凄い格好だな──」
一気に欲情を煽られた禅が堪らず口走ると、『灯りは消してよ』と要求した於菟が、
「たっぷりローション塗って来て──お願い、此処にも……塗り込んで──」
グイ──と持ち上げた尻の中心に、そっと指を当てた。於菟の指示通り、勃起をローション塗れにした禅は、遠慮なく蕾穴へもローションを滴らせた。
禅が惚呆けて消さずに置いた灯りは、丁度其処へ影を作ったが、白く滑らかな大腿の奥、可愛い陰嚢を掠めて於菟の勃起が窺え、目で喜んだ禅を誘うように、小さな亀裂から透明な粘液をシーツへ溢し、途端、目も眩む興奮に騒めいた禅の鼓動は早鐘のように打ち出した。
──欺こうとした想いを叫び出すように……
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