消してみる?

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消してみる?

「でもほんと、夏なんてなくなればいいのにな」  お弁当を食べ終わり虚しさがまた心に染みてくる。 「夏を無くしてどうするの?」  静音の言葉に、はじめはゆっくり噛みしめるように答えた。 「……彼との思い出は夏が多いし、それにフラれたのも昨日で夏だし。だから夏ごとぜーんぶ、綺麗さっぱり消し去りたいの」  わたしが両手をバーッと空に掲げると、静音がクスクス笑う。 「ふふ、歌らしい」 「でしょ?」  わたしはちょっと誇らしくなって腰に手を添えて得意げに静音を見やる。  静音はそんなわたしに少し口元を緩ませていたずらっぽく聞いてきた。 「……じゃあ、消してみる?」 「へ?」  静音の言葉に少々まぬけな声を出してしまった。まさかそんなことできるわけないって。 「できるわよ」 「な、何で考えてることが分かるの?」 「顔に出てるって。でも歌、本当に夏を消し去りたい?」  さっきまでのおどけた口調とは違い、真面目な声色で話す静音。何だかいつもの静音じゃないみたいだ。 「もし歌が本当にそれを望むなら、今すぐにでも夏を消し去ることはできるわよ」 「ほんと?」  わたしは期待半分怖れ半分で尋ねた。 「ええ本当よ。ただ今回は代償が必要だけど」 「代償?」 「ええ。だって一人のために季節まるごと消すなんてたいそうな願いだからね、それなりの代償を払わないと」 「静音って魔法使いなの?」 「ううん、わたしができるのは『消す』ことだけ」 「『消す』ことだけ?」 「そうよ。『消す』だけなら何でもできるわ。季節でも記憶でも何でも。まあ一部例外はあるけど」  おどけて言うけど、嘘だとは思えない重みがあった。わたしはふと思いつくことがあった。 「ねえ、季節まるごとじゃなくても、たとえばわたしの記憶だけ消すっていうのはダメなの?」 「ああ、それ無理なの」 「何で? 記憶は消せるんじゃないの?」 「消すにはね、色々と条件があるの」 「条件?」  静音がベンチを指さす。 「何?」 「たとえば、このベンチなら今すぐにでも消せるわよ」 「え、ほんと?」 「試しにやってみるわね」  静音がお弁当箱を持って立ち上がる。わたしも同じように立ち上がらせる。  もし本当に『消す』ことができたなら、わたしは……。 「じゃあ、やるわよ」  静音がそう言ってベンチを擦る。みるみるベンチが薄くなる。  静音が擦れば擦るほど、ベンチの姿は薄れていく。  わたしは戸惑いと、恐怖と、期待を胸に入り混じらせながら、それを眺めていた。  ベンチはまるで存在していなかったかのように、綺麗さっぱり姿を消し去った。
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