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今年も――、今年の――、――夏が終わる。
毎年そんな声が聞こえてくると俺はいつも思う。
夏の終わりの日くらい異世界に行けても、いいじゃないか――!
「はあ?」
俺の家に遊びに来ていた友人の佐藤が気の抜ける声を発した。
おっといけない。うっかり俺の心の声が口から飛び出てしまった。
「なあ、おい?」
佐藤は俺の顔をまじまじ見て言った。
「高校二年生にもなってまだラノベなんかに夢中になってんのか? いい加減、それも今年の夏でやめとけよ。俺とお前の成績考えたら、この高二の夏から受験シーズンに突入していないといけなかったんだがな。あーあ……」
佐藤は漫画本に目を戻しあくびした。
コイツには緊張感がまるでなかった。つまり、佐藤は大学受験の話はするが、そんなことは全然先の話として楽観視しているのだ。
俺は天井を仰ぎ見ながら言った。
「あれもしたい、これもしたい。思い浮かぶことがたくさんいろいろありすぎなんだな。どれから始めるかの優先順位が付けられない。悩んで時間だけが過ぎていく」
「そうそう」
「でも今年の夏は違う。俺は異世界に行ってすっきりして戻ってくる」
「はあ?」
「それから受験に本気出す!」
「一生無理だな」
佐藤は臭いにおいを振り払うように俺に向かって手のひらをパタパタと振った。
ぐぬぬ……。この人を舐めた態度。俺の真剣さが佐藤に伝わっていない証だ。
俺はこの時決意した。
「わかった。では、今から異世界に行こう。お前にも異世界を見せたるわい!」
「はあ? うわっ!? 何してるんだ、お前!?」
俺は佐藤の目の前で服を脱いだ。もはや素っ裸である。
「ふう~。違う世界へようこそ」
俺は腰を左右に振った。
「はあ? 夏の終わりに妙なものを見せつけるんじゃねえ!」
「ふう~。俺は違う世界に来たんだ。転生した。人間族をやめた。ほら、裸族になったぞ」
「確かに異次元な光景だな。俺はそんな世界に来たくはなかった。素っ裸でこの家から出たら? 恐ろしいことが起きる」
「何を言うか? ほら、お前も服を脱げ! 人間という種族から裸族に転生だ!」
「やめろ、おかしいだろ!?」
佐藤は抵抗するが、俺は佐藤の服を脱がせにかかった。
「はあはあ」
「脱がせながらおかしな吐息を出すな! お前、ヘンだぞ?」
わかってはいる。しかし、この気持ちはなんだろう?
小さい頃に姉ちゃんと遊びで服の脱がし合いをしたことがあったが……、男が男の服を脱がせるという行為にはたまらなく好奇心が高まるものだった。
「ええい、この!? 夏なのに長袖とか」
そういえば、俺は佐藤の水着姿は一度も見たことがなかった。高校の体育の時間、コイツはいつも長袖に長ズボンで、プールがある日は欠席か見学だったことを思い出した。
コイツには素肌を見せられない理由があるのか?
もしかして、男の娘だったりして?
「ははあ。夏の終わりに、夏の最後の日に、佐藤の謎を解明だ!」
「いやめろろろろろっ!」
「ふン!」
佐藤の抵抗する力など、俺の好奇心の力の前には赤子の手をひねるようなものだった。
シュポッ!
俺は佐藤の素肌を守る最後の一枚をはぎ取った。
そして――、
「なっ、なんじゃこりゃあああ!?」
目の前にあるものを見て、俺は素っ頓狂な声を上げた。
「け、毛深い……」
そう。佐藤は毛深かった。胸毛、そこから下のギャランドゥは、まあ素敵ね、ワイルドだわセクシーって思えるものだったが、くるりと背中を見たら、そこにも剛毛が生えてるではないか!?
すね毛、太ももの毛。とっても毛深かった。こりゃまあ、水着姿にはなりたくないわな……。
「これは裸族じゃねえ、毛族だ! 俺は夏の最後に何を発見してしまったんだよ……」
「ちくしょう。バレたか。こうなりゃクラス全員の記憶に埋め込んでやる!」
佐藤はかつてないほどの決意の態度を見せた。
その直後、俺の部屋のドアがバーンと開けられた。
「ちょっと、あなたたち! ドタバタうるさいわよ。……ん?」
「んー?」
「んふ?」
素っ裸の俺と佐藤の目が姉ちゃんの目と合った。
「お、お母さーん! うすううううすうし薄い本やってる!」
姉ちゃんは顔を覆いながら走り去っていく。
「いかん! 変な誤解しとるぞ!」
「追いかけないと! 誤解だって!」
決して忘れることができない夏の最後の日がこんなものではたまらない。
俺たちも姉ちゃんの後を追って駆け出した。
なんか風を全身に感じてスースーする。何かを忘れているような気もするが……。
俺は前を走る佐藤のお尻を見て、
しかし、ここまで毛深いとはな。
その事実の前には細かいことなどどうでもいいと思えてしまったのであった。
<夏の終わり>
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