メイド喫茶とチェキを持参したお客。

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メイド喫茶とチェキを持参したお客。

「焼きそば、お待ちどう」  紙皿を恭子に渡す。ありがと、と踵を返して教室、もといフロアへ向かった。今日は大学の学園祭。私達が所属する「人体動作解析サークル」は中教室でメイド喫茶を開いていた。今時メイドかよ、と呆れたが十七名の部員は皆乗り気だった。女子部員は可愛い服を着られると目を輝かせ、男子部員は鼻の下を伸ばした。バカしかいないのか、と口に出しかけた。しかし私は少数派だったので押し黙った。 「葵も着るわよね? メイド服」  後輩達とレンタル衣装のカタログを見ながら恭子が言った。肩を竦める。 「パス。コスプレに興味は無いし接客もごめんだ。キッチンからお前のメイド姿を拝むとするよ」 「勿体無い。顔はいいんだし間違いなくモテるわよ」 「顔は、って何だ。顔も、だろ」  軽口を叩きつつ内心は少し複雑だった。二年前、二十歳の秋。恭子に告白した時の記憶が蘇る。恭子は私を振った。だけど親友として傍に居続けてくれている。とてもありがたい話だ。ただ、振ったお前が私にモテるとか言うな、と引っ掛かりを覚えた。いちいち指摘はしないけど。 「葵先輩がメイドになれば絶対お客さんが増えますって」  後輩達まで煽てに来た。だけど嫌だ。面倒臭い。 「君らのような若い子に任せる」  そうして何とか逃げおおせて今日に至った。大学四年の学園祭。これで最後。昨日と今日の学祭当日、ほぼキッチンに籠り切りだったが充実していたと評して良いだろう。 「葵さん、休憩どうぞ。ピークは越えました」  後輩の稲田君がパーテーションで仕切られたキッチンに入って来た。スマホで時間を確かめる。十三時過ぎ。昼飯時は終わったか。 「すいませんね、二日とも働き詰めにさせちゃって。なにせ女子が皆フロア係を希望したのでキッチンはカツカツでして」 「気にするな。皆が楽しけりゃそれでいいのさ。とは言えちょっとは学祭を見て回るか。後はよろしくぅ」  エプロンを脱ぎフロアへ出る。いつもの教室が広がっていた。十人ほどのメイドが働いている。衣装に金を掛け過ぎた結果、内装に凝る余裕が無くなった。そのため普通の教室をメイドがうようよする奇妙な光景が出来上がった。客の入りは良い。打ち上げ代は十分稼げた。  恭子に目を留める。キビキビと配膳作業に勤しんでいた。お皿を下げ、手早く机を拭く。いい動きだがメイドってもっとお淑やかなイメージだぞ。  その時、恭子の後ろに座っていた一人の女子が立ち上がり声を掛けた。丸眼鏡をかけたショートヘアの痩せた小柄な女の子。白いワンピースの下に黒のレギンスを履いている。傍らには男子が一人、恭子と少女を眺めている。中肉中背、チェックの服に青いデニムを身に着けていた。何と言うか、特徴が無い。面白そうなので三人を見守る。あちこちで客とメイドがお喋りをしているため話している内容までは聞こえない。 「あの、すみません。お姉さんの写真を撮ってもいいですか」  唐突に小太りの男子が私に話し掛けて来た。 「悪いがノーだ。見ての通り、私はメイドじゃないのでね」  白シャツに黒のチノパン。こんなメイドはいない。すみませんでした、と俯かれたが知ったこっちゃない。  少女が鞄から何かを取り出した。あれは、あれはまさか。チェキ、だと。一度だけ、恭子とメイド喫茶に行ったことがある。その時、追加料金を払ってメイドとチェキを撮った。乗り気じゃなかったが恭子が記念に撮ろうと言い張ったのだ。だからメイドと客が一緒にチェキを撮る文化は知っている。だけど客の側から取り出すとは。あの子、よっぽどメイドカフェに傾倒しているのか?  チェキを男子に渡すと少女は恭子と並んで立った。二人とも直立不動だ。ポーズくらいとれ。手でハートを作って片足を上げろ、なんて高度な要求はしないがせめてピースくらいしろよ。  現像されるまでの間に今度はスマホを取り出した。再び男子に渡す。またもや揃って直立不動で画面に収まる。撮影を終えると少女は何度も頭を下げた。と思ったら上目遣いに恭子を見上げる。恭子もスマホを取り出した。連絡先を交換しているらしい。最後に出来上がった写真を確認し、カップルは教室を出て行った。 「よぉ恭子。何、面白そうなことをやってんだ」  親友の元へ行き肩に手を回す。 「写真を撮っただけよ」 「その後、連絡先を交換しただろ。妬けるねぇ」  半分冗談、半分本気。恭子は答えない。肩から手を離す。 「さて、お暇を頂いたんでね。散歩に行って来るわ」 「待って、一緒に行く。着替えるから待っていて」 「脱がせてやろうか」 「バカ」  そうして足早に教室を出て行った。残念。私ものんびりと更衣室へ向かった。
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