はじめて(?)のソフトクリーム

2/2
480人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
紬改めて結斗side 「大丈夫?」  車から降りる光流に手を差し出す。    道の駅に着き、車で少し話をした後「待っていて」と声をかけて先に降りた。  成人男子だからそこまで過保護になる事はないとわかっていてもつい手をかけたくなるのだ。  正直に言えば初対面の時にα同伴だった時には些か過保護ではないかと思ったし、友人に番犬である光流の兄や従兄弟の話を聞いた時はちょっと引いた。  ただ、それでも光流のことが気になって仕方がなかった。  メッセージを交わす内に、言葉を交わす内に、過保護にされた故の無防備さに心配になった。  そして今日、兄である静流を交えて話してみて芯の強さを見せられた時に折れてしまわないように自分が守らなければと強く思った。  手折られないように守るのではない。  その張り詰めた心が不意にポキリと折れてしまわないように守らなければならないのだ。  頼らないように、守らなくても大丈夫だからとでも言うように張り詰めた姿を見ていられないのだ。  それでも静流といる時は幾分緩んでいるように見えたけれど、自分に対する時はまだまだ硬さが残る。  気を許してくれているのは感じるし、光流の自分に対する態度はどうやら静流からもお墨付きをもらえる程らしいけれど、それでも時折見せる〈自分は大丈夫だ〉と誇示するような姿を見ると、そんなに頑張る必要はないのにと言ってしまいたくなる。  そう、分かっていても過保護になってしまうのだ。    助手席のドアを開け、手を差し出す。  自分で降りられるのは重々承知だけれど、どさくさに紛れて距離を縮めたいのだ。俺の意図に気付いたのか、重ねられた手をそっと握る。  俺の手よりもだいぶ小さい柔らかな手。ずっと触れたかったのだ。  山に入れば怪我をすることもあるため俺の手にはいくつもの傷が残っている。今はフィールドワークから帰って日も経っていないため若干荒れてもいる。そんな状態の手で光流に触れて傷付けてしまわないかと心配にはなるけれど、この手を離すつもりはない。  …俺も充分過保護だ。  車から無事降りた後も光流が何も言わないのをいいことにそのまま手を引いて歩く。緊張で汗ばんでしまわないか心配だ。  光流が慌てないように歩調を調整しながら歩く。車体が大きいせいで他の車の邪魔になるため基本空いているスペースに駐車するしかなくて目的の建物まで歩く必要があるけれど、今日はその距離が全く気にならない。  歩きながらこっそり光流の様子を伺う。その時、気付いてしまった。  俺に手を引かれながら、俺と歩いていながら俺のことを考えていないことに。  何を考えているかなんて嫌でも分かってしまう。きっと〈光流の全て〉だった彼の事だ。今でもまだ自然に名前を呼んでしまう彼の事を思い出しているのだろう。  仕方がないと思っていても、その思考を止めたくなる。  俺のことだけを考えて欲しい。  紛れもない独占欲だ。 「どうかした?」  光流が答えに困ることがわかっていながら聞いてしまう。  俺のことだけを考えて欲しいけれど、彼のことを思い出して欲しくないけれど、どちらも無理な事は分かっている。それならば寄り添うしかないのだ。  光流の気持ちを引き出して、共有して、そうして進んでいくしかないのだ。 「こんな風に手を引かれるの、子供の時以来だと思って」  返ってきたのは彼と出会う前の思い出なのだろうか?それとも彼との思い出なのだろうか?  その相手は誰なのか、敢えて聞かないでおく。 「そっか。  ソフトクリームははじめて?  久しぶり?」  2人で過ごす初めての時間、そんな時に話す内容でもないのだろうし、第一はじめからそんな事を話せるような性格でもないだろう。ゆっくりでいい。少しずつ歩み寄っていけばいい。  この先、彼のことを思い出す暇がないほどの時間を過ごせばいいだけのことだ。 「はじめてではない、と思うけど…。  多分、デザートで出て来たのを食べた事はあるはずです。でも小さいお皿で出て来てた」  きっとその時のことを思い出しているのだろう。ソフトクリームが出てくるような店となると小学生の頃の話かもしれない。 「前に送ってくれた写真みたいに手で待って食べた事はないです」  手で持つ…コーンの事だろう。  本当に世間擦れしていないと言うか何と言うか。色々と楽しいことの〈初めて〉が共有できそうだ。 「あれ、カップにも出来るんだけど下のコーンが美味しいんだよ。ワッフルコーンなら尚更。  子どもとか、食べるの遅いと溶けて下から出て来ちゃうからカップも良いけど…やっぱりおすすめはコーンだね」  言いながら光流なら溶かしそうだけど、と思ったけれどそれは黙っておく。  俺と会話をしながらも思考は彷徨うようで、少しでも俺を意識していて欲しくて掴む手に力が入ってしまう。  その時だった。  俺の不安が伝わってしまったのだろうか、掴んでいた俺の手を光流が握り返した。そのせいで図らずも手を繋いだ状態になる。  驚いて光流に顔を向けると少し俯いたその顔は真っ赤だった。  …可愛すぎるだろう。  きっと勇気を振り絞って気持ちを伝えようとした、その結果が繋がれた手と真っ赤な顔なのだ。 「時間薬って知ってる?」  思わずこぼれ落ちた言葉。 「焦らなくてもいいし、気を使わなくてもいいよ。いつか時間が解決してくれるから。  泣きたいなら泣けばいいし、笑いたければ笑えばいい。共有したいと思ってくれるなら話を聞くし、1人で考えたいならそうすればいい。  忘れる必要もないし、思い出すのも自由だ。ただ、これから先の時間は共有していきたい。  一緒に笑いたいし、一緒に楽しみたい。泣いてる時はそばにいたいし、喧嘩だってする時が来るだろうし。  ひとつひとつ積み重ねて、いつかは俺のことしか考えられないようにするから」  そう。  まだまだこれからだ。    まだまだ続く人生の中で光流が彼と過ごした以上の時間を過ごせば良いだけのことだ。苦い思い出だって、俺が塗り替えれてしまえば問題無い。  これからの光流の人生は、俺が一緒に染め上げていくのだから。 「時間薬、僕にも効くかな?」 「一緒にいたら効くんじゃない?」  サラリと言っておく。  効かない薬だったとしてもプラシーボ効果で俺が効かせれば良いんだ。  車の大きさのせいで少し遠くに車を停めたけれど、そんな話をしているうちに建物の前まで来ていた。 「結斗さんと一緒なら効きそうですね」  ポロリと溢れた言葉。  気負いなく呼ばれたであろう名前と素直な気持ち。  きっと、光流の本心だ。 「もちろん。  じゃあ、今日の薬はソフトクリームかな?何の味がいい?」  そう言った俺にキョトンとした顔を見せる光流が可愛い。 「ソフトクリームの味って、色々あるんですか?」 「あるよ。  ここはバニラとチョコとミックスだけど、場所によってはご当地ソフトとかあるし」  リアクションが面白い。  次はご当地ソフトのある場所に連れて行こう。  ちなみに迷いに迷ってミックスを頼んだ光流は2色に別れたソフトクリームに驚き、予想通り、食べるよりも溶ける方が早いソフトクリームに苦戦して俺をニヤニヤさせたのだった。    
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!