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胡桃 4
送り先は光流の従兄弟の賢志君。
こんなにも嬉しいことを共有してくれないなんて、と淋しかったから送ったメッセージだったけれど、賢志君から光流が動くのを待っていたと言われてしまえば何も言えなかった。
仲間外れみたいで淋しかったと送ったメッセージに《そうやって自分から伝える相手は胡桃ちゃんだけなんだよ》なんて返されてしまったら何も言えなくなってしまう。
結局、光流の気になる相手の話を聞いて、相談されたら話を聞くことを約束して、兄に話しても良いかと確認する。
同じ男性Ωとして、兄に相談したいことだって出てくるだろうし、きっと兄なら光流に聞いていなくても【何か】知っているだろうと予測してのこと。
賢志君もきっと、兄が何も知らないとは思っていないだろう。それに、光流のために情報の共有は大切だから。
賢志君からの許可をもらい、実家に帰省していたことを知らずに一方的なメッセージを送ったことを謝罪してメッセージを終える。
私が怒ることも、淋しがることもきっと想定内だったのだろう。だけど光流が自分で動くのを待つために賢志君も我慢していたのだろうと思うと少しだけくすぐったい気持ちになる。きっと私を信頼して、光流が相談することを見越しての行動が思いの外嬉しくて、そのまま兄にメッセージを送る。
〈兄さん、知ってたでしょ?〉
時間的に仕事中の兄に送ったメッセージに返って来た言葉は《もちろん》というものだった。
《光流から聞いたわけじゃないよ》
私が複雑な感情を抱いたことなんて、兄にはお見通しだったのだろう。
〈光流、兄さんにも報告するって言ってたけどね〉
《だから待ってるところ》
私と違い怒ったり淋しがったりしないところが憎たらしい。
〈兄さんは何を知ってるの?〉
《相手のことは光流がコンタクト取る前から知ってた》
《作る作品が面白いんだ》
〈有名?〉
《一部ではね》
〈どう思う?〉
《静流が邪魔したとしても全力で応援するよ》
〈静流さんは反対してるの?〉
《してないけどね》
静流さんが反対するような相手なら兄だって応援しないだろう。そして、兄が興味を持つ相手なら安心して光流を任せることができると確信する。
ふたりが反対しないのなら相手のことを知らなくても応援して問題ないだろう。
《光流から連絡があった?》
〈うん。
兄さんにも近々報告するって〉
《了解》
兄も、さっきの私のようにヤキモチを妬いたりするのだろうか。
知っているのと知らされるのは違うのだから、きっとそうなのだろうと確信する。
〈きっと、兄さんが私より先に会うのね〉
《妬ける?》
〈妬ける〉
《でも、俺には相談してこないよ?》
〈きっと、これからなんじゃないかしら?〉
兄妹で恋愛対象でもないし、身内でもない光流を取り合っているなんておかしな構図だけど、離れていても共通の話題で連絡を取り合えることが嬉しい。
家族のこと、特に私の子どもの話題だってあるのだけれど、光流の話題は【外】と触れることができる気がして子育て中の私にとっても目線を広げることができるからありがたいと思ってしまう。
美大生で、染め物をやっているなんて、今まで私たちの周りにもいなかった相手と光流がどうやって関係を築いていくのか。相談された時に私は的確な答えを出せるのか。
想像するだけで楽しくて、光流からの連絡が待ち遠しいと思ってしまう。
それから何度も光流とメッセージを交わし、ふたりの関係が進んでいくのを見守った。
長い間恋愛から遠ざかり、恋愛を拒否して来た光流だったけれど、距離が離れていたのが良かったのか、メッセージだけのやり取りが素直にさせたのか、初めて電話で話した時には気持ちが昂ったようで《電話で少し話しただけなのに、寝れない》なんて可愛らしいメッセージを送ってきて私を萌えさせた。
光流の傷は癒えたのか、それとも癒やされたのか。
《会う約束したんだ》
そして送られてきたメッセージ。
《前に作品を見せてもらった時に楓さんにはストールを譲ってもらったんだけど、その時は胡桃のイメージのストールは無くて》
言い訳のようなメッセージに〈何のこと?〉と送れば作品を見せてくれた日に鮮やかなストールを兄のために購入したと教えられる。
その時はトートバッグは無かったからと言い訳をして、私用にトートバッグを譲ってもらうことになったのだと兄のために購入したストールの写真が送られてくる。
《同じ染料でもっと淡く、桜色に染めたトートバッグとストール、譲ってくれるって》
《兄妹で同じ染料って、素敵じゃない?》
《静流君はこういうの、使わないから》
伝わってくるのは光流の喜びと、少しの後ろめたさ。私を口実にしたな、と思うと口実にするために私の存在を使ってくれたことが嬉しくて仕方ない。
〈綺麗な色。楽しみにしてる〉
〈マザーズバックにできるし、エアコンの対策に使えそう〉
〈ありがとう〉
きっと〈口実にした?〉何て聞けば顔を赤くして肯定するだろうけど、そんな光流を見たい気もするけれど、幸せな気分に水を刺すのも可哀想だからやめておく。
〈日本に会いに行きたいっ!〉
〈きっと、兄さんは私より先に会うのよね?狡い〉
《でも、報告は胡桃に先にするよ。
何かあれば》
〈じゃあ、いいや。
妬けるけどね〉
海の向こうで困りながらも微笑んでいるのだろう、きっと。
そして私も同じように微笑み、願い、再会を待ち侘びるのだ、遠い異国の地で。
それからすぐに届いたメッセージはお付き合いするという報告で、思わず電話を繋いだ私が見たのは今までで1番幸せそうな光流の笑顔だった。
嬉しさを伝えたくて、嬉しさを伝えて欲しくて、そう思うとただの通話では物足りなかったから。
『きっと、電話してくると思った』
そう笑った光流は『大丈夫?』とベビーベッドを気にするけれど、うちの天使はただいま睡眠中だ。
「寝てるから大丈夫。
それよりも、おめでとう。
すごく嬉しいっ!」
私の言葉に『胡桃が話聞いてくれたから』なんて言うけれど、私は何もしてない。ただ、見守っていただけ。
でも、光流の笑顔が見たくて言葉を続ける。
「それじゃあ、いつかは彼ともビデオ通話させてね。
ちゃんと顔を見てご挨拶したいし」
『うん。
彼も胡桃にも楓さんにも会いたいって言ってたから、少しだけ待ってて』
「静流さんには?」
『会ってもらった』
「大丈夫だった?」
『………うん』
笑顔で答える前に間があったことには触れないでおく。静流さんのことだから、素直に認めたとは思えない。だけど、そんな静流さんが認めたのだから安心して祝福できるのだ。
「何か心配な時には相談して。
あと、兄さんも光流に頼ってもらいたいみたいよ?
私は近くにいてあげられないから、何かあったら兄さんのほうが力になれると思う」
不本意だけど、こればかりは仕方ない。
『うん。
近いうちに楓さんに時間を取ってもらうつもり』
「きっと喜ぶと思う」
話は尽きないけれど、「トートバッグ、楽しみにしてるね」と告げて会話を終える。そして、〈惚気ならいつでも聞くからね〉とメッセージを送っておく。
きっとこの先、私よりも兄に頼る方が多くなるけれど、言えないことだってきっと出てくるだろう。だから、そんな時は私の出番だと兄にばかり頼らせないという私の意思表示。
だって、光流は私にとって大切な大切な友達だから。
直接会えないからとビデオ通話で紬さんと話すのは兄に紹介した日のこと。
兄からの電話を出たつもりがその相手が光流と紬さんで、驚く私を見て笑った兄が『胡桃がヤキモチ妬くから』とニヤニヤしていたのは確信犯だから。
「光流のこと、よろしくお願いします」
紬さんに向ける光流の視線で、光流に向けられる紬さんの視線でその関係に安心して頭を下げると『大切にします』と答えてくれたことで安心して泣いてしまい、電話の向こうの4人(義兄も当然のように同席)を焦らせてしまったけど、姉としてはそれくらい嬉しかったのだから仕方のないこと。
『俺の時には『兄さん、良かったわね』で終わったくせに』
そんな声が聞こえた気がしたけれど、それは聞こえないふりをしておく。私より先に紬さんを紹介してもらったのだからそれくらいは許して欲しい。
「日本に戻った時には私にも作品、見せてくださいね」
その言葉に誰よりも嬉しそうな笑顔を見せたのは光流だった。
fin
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