5人が本棚に入れています
本棚に追加
次の日から、紅陽と勝輝による特別レッスンが始まった。と言っても、件の抽選で当たった生徒の後だから、必然的に終わると外が暗くなっている。
「帰り、こんなに遅くなって平気?」
紅陽の声に頷く。自分はずっと前から一人暮らしだ。帰って、遅いと怒る親などいない。強いて困ることを言うなら、ヘッドフォンを使って練習しなければならないことぐらいだろうか。
そう告げると、紅陽が眉を上げた。
「へぇ、一人暮らしか。学生時代の俺と同じだ。つっても、夏か秋か、そのぐらいから勝輝と一緒に暮らしてたんだけどな。」
帰り道、駅に向かって歩きながら話すこの時間が夢にも思える。真っ暗な空の下で、いつも紅陽は気さくに話してくれる。勝輝もたまに混じって色々な話をするのが、不思議と楽しい。
「てことは望無、この後時間あるってこと?」
「え? は、はい……」
「明日は?」
「休み、ですね。土曜日なので。」
「じゃ、ちょっと付き合ってよ。せっかくだしさ、飯行こ。」
「は?」
突拍子もない言葉に思考が文字通り停止する。飯って何だっけ、なんて普段なら有り得ない考えが浮かんでくる。
「え、飯って……」
「居酒屋とかになるけどな。勝輝の奢りだし行こうぜ。」
「待て、初耳だぞ。別にいいけど。」
「いやいいのかよ。いつものとこでいいかな、望無はソフトドリンクになるけど平気? 別の店行きたいとかある?」
首を横に振ると、じゃあ決定と笑った紅陽がどこかにメールを打ち始める。どうやら知り合いがこの店を経営しているらしい。
「あの、なんで……」
浮かんだ疑問をぶつけると、勝輝が微笑んだ。
「ただ単純に、もう少し望無くんと話したいんだと思うよ。あぁ見えて寂しがり屋なんだ。楽しいとずっといたいって思っちゃうタイプだからさ。ごめんな。」
曖昧に頷いた。夢の時間が続く、そう思えばいいだろう。
最初のコメントを投稿しよう!