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4月も終わる頃には、早くも望無の才能が目に見えるようになっていた。
「meraviglioso……実に見事だよ、ノゾム。」
「あ、はい……ありがとうございます。」
ずっと淡々としている上に、演奏にはいまいち花が無い。感情が上手く乗せられていないのだ。
素晴らしいとは言ったものの、この部分だけはどれほど説明しても掴めないらしく、いつも苦戦している。
(ふむ……どうしたものか。)
彼の心を開くため、と差し入れやら色々とやってきたが、いつも曖昧な反応しか返ってこない。それを和音に話したら「まぁ……頑張ってください」と笑われた。
「ノゾム、君が尊敬している人はいるかい?」
「尊敬、ですか……。」
じっと考える望無。いつも通り、別にいないですね、という答えを待っていると、返って来たのは意外な言葉だった。
「尊敬、かは分かりませんけど……います。」
「お、いるのか。どういう人なのか教えてもらっても?」
「いや……絶対ルカ教授も知ってますよ。」
眉を上げると、望無がスマートフォンを操作して、ネットにある画像を見せて来た。
その顔を見て、思わず望無を見つめた。まさか、これは運命というやつだろうか。
「この人は……あの有名な……」
「そうです。俺が一番尊敬していて、一番目標にしている人です。ピアニストとしても、人としても……。」
望無の目が、わずかに輝いて見えた。これだ、という思いが弾け、望無のレッスンが終わってから、急ぎ足もそのままに学長室へ飛び込んだ。
「Presidente!」
「おわっ、ビックリした……ルカ教授、またあなたですか。再三言いますが、ノックは忘れないように。それで、どうしました?」
息まいて自分の考えを伝えると、和音の口角が上がった。
「なるほど、面白いですね……少し検討してみます。」
和音の「検討」は、もはや決定事項だと言っているようなもの。
望無に顔に本物の笑みが戻る日は、そう遠くないかもしれない──そんな思いが弾けた。
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