1.尊敬する人

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 4月も終わる頃には、早くも望無の才能が目に見えるようになっていた。  「meraviglioso(素晴らしい)……実に見事だよ、ノゾム。」  「あ、はい……ありがとうございます。」  ずっと淡々としている上に、演奏にはいまいち花が無い。感情が上手く乗せられていないのだ。  素晴らしいとは言ったものの、この部分だけはどれほど説明しても掴めないらしく、いつも苦戦している。  (ふむ……どうしたものか。)  彼の心を開くため、と差し入れやら色々とやってきたが、いつも曖昧な反応しか返ってこない。それを和音に話したら「まぁ……頑張ってください」と笑われた。  「ノゾム、君が尊敬している人はいるかい?」  「尊敬、ですか……。」  じっと考える望無。いつも通り、別にいないですね、という答えを待っていると、返って来たのは意外な言葉だった。  「尊敬、かは分かりませんけど……います。」  「お、いるのか。どういう人なのか教えてもらっても?」  「いや……絶対ルカ教授も知ってますよ。」  眉を上げると、望無がスマートフォンを操作して、ネットにある画像を見せて来た。  その顔を見て、思わず望無を見つめた。まさか、これは運命というやつだろうか。  「この人は……あの有名な……」  「そうです。俺が一番尊敬していて、一番目標にしている人です。ピアニストとしても、人としても……。」  望無の目が、わずかに輝いて見えた。これだ、という思いが弾け、望無のレッスンが終わってから、急ぎ足もそのままに学長室へ飛び込んだ。  「Presidente(学長)!」  「おわっ、ビックリした……ルカ教授、またあなたですか。再三言いますが、ノックは忘れないように。それで、どうしました?」  息まいて自分の考えを伝えると、和音の口角が上がった。  「なるほど、面白いですね……少し検討してみます。」  和音の「検討」は、もはや決定事項だと言っているようなもの。  望無に顔に本物の笑みが戻る日は、そう遠くないかもしれない──そんな思いが弾けた。
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