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じとじとと暑い日が続いている。戦いの夏だとわかっているが、いろはは電磁波で疲れている。戦いきれるか不安だった。
29日土曜朝、通院のため歩いていると、予報に無かった雨に降られた。傘を持っておらず、ツイていない。10時、ずぶ濡れで内科を受診する。
「処方されてる鉄剤に睡眠薬が塗られています」
「そう思っちゃうんだね」
いろはの診察中、内科の30代女医がそう発言した時だった。突然近くの壁が粉砕し、噴煙の中からずぶ濡れだがカジュアルな私服姿で20代ほどの青年が現れ、持っていたハリセンで、女医の頭をふっとばした。相手が女性でも容赦してない。
「不審者!」
「違う。ブルーフェニックスだ」
「ブルーフェニックス?」
青年は身分証を示して女医の発言を否定した後、いろはを振り返って言った。
「坂町いろはさん、他に報告する事を言ってください」
「えっ?」
青年が大型猫の赤ちゃんのようににっこり笑う。
「はい、どうぞ」
いろはは言われるまま続けた。
「薬を洗浄すると、睡魔の時間が短縮されます」
「そう思っちゃうんだね」
発言した女医は、次もハリセンで頭をふっとばされていた。
「プラシーボ効果だと思って何が悪い」
涙目で絶叫した女医に、青年は「じゃあそう思ってればいいよ。オレは傘を忘れてイライラしてるんだ。だから何度でも来るからな」と答える。
『だから』で繋いでいるが、傘を忘れた事と何度でも来る事に因果関係があるのか、謎である。
女医は恐怖でガクガクし始めた。いろはも細くて可愛いと言われるが、女医の方も結構可愛く、何だか可哀想だった。
プラシーボ効果とは、弱ってるAさんにラムネを『薬だよ』と言って飲ませると、暗示にかかったAさんが元気になる、というもの。
つまり内科の女医は、いろはが薬を洗浄して服薬した結果、暗示にかかって体調が良くなったと言っているのだ。統合失調患者を馬鹿にしてる。
青年は片手をかざしていろはに挨拶した。
「じゃっ、いろはさん、またね」
そして彼は、診察室を出て、堂々と正面玄関から帰っていったようだった。
――名前聞き忘れちゃった。
いろはは細身長身で見た目も素敵な青年を思い出し、診察室を出る頃、勇気が湧いて来るのを感じた。濡れた服も、この猛暑下では、涼しい気がする。
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