(18)薬局vsトルコ行進曲

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 じとじとと暑い日が続いている。戦いの夏だとわかっているが、いろはは電磁波で疲れている。戦いきれるか不安だった。  29日土曜朝、通院のため歩いていると、予報に無かった雨に降られた。傘を持っておらず、ツイていない。10時、ずぶ濡れで内科を受診する。  「処方されてる鉄剤に睡眠薬が塗られています」  「そう思っちゃうんだね」  いろはの診察中、内科の30代女医がそう発言した時だった。突然近くの壁が粉砕し、噴煙の中からずぶ濡れだがカジュアルな私服姿で20代ほどの青年が現れ、持っていたハリセンで、女医の頭をふっとばした。相手が女性でも容赦してない。  「不審者!」  「違う。ブルーフェニックスだ」  「ブルーフェニックス?」  青年は身分証を示して女医の発言を否定した後、いろはを振り返って言った。  「坂町いろはさん、他に報告する事を言ってください」  「えっ?」  青年が大型猫の赤ちゃんのようににっこり笑う。  「はい、どうぞ」  いろはは言われるまま続けた。  「薬を洗浄すると、睡魔の時間が短縮されます」  「そう思っちゃうんだね」  発言した女医は、次もハリセンで頭をふっとばされていた。  「プラシーボ効果だと思って何が悪い」  涙目で絶叫した女医に、青年は「じゃあそう思ってればいいよ。オレは傘を忘れてイライラしてるんだ。だから何度でも来るからな」と答える。  『だから』で繋いでいるが、傘を忘れた事と何度でも来る事に因果関係があるのか、謎である。  女医は恐怖でガクガクし始めた。いろはも細くて可愛いと言われるが、女医の方も結構可愛く、何だか可哀想だった。  プラシーボ効果とは、弱ってるAさんにラムネを『薬だよ』と言って飲ませると、暗示にかかったAさんが元気になる、というもの。  つまり内科の女医は、いろはが薬を洗浄して服薬した結果、暗示にかかって体調が良くなったと言っているのだ。統合失調患者を馬鹿にしてる。  青年は片手をかざしていろはに挨拶した。  「じゃっ、いろはさん、またね」  そして彼は、診察室を出て、堂々と正面玄関から帰っていったようだった。  ――名前聞き忘れちゃった。  いろはは細身長身で見た目も素敵な青年を思い出し、診察室を出る頃、勇気が湧いて来るのを感じた。濡れた服も、この猛暑下では、涼しい気がする。
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