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「望み通り来てやったわよ」
怒りのあまり震えそうになる声を何とか抑えてフードの男に告げる。
「ようこそお越しくださいました、魔女殿。
歓迎しますよ」
嫌味ったらしい口調で答えたフードの人物は、その声からしてどうやら男らしい。
四人に剣を突きつけながらも、何が楽しいのかその口元には笑みが浮かんでいる。
自分達も縛られているにも関わらず、エミリーちゃんとニーナちゃんを男から庇うようにしているアンネとコーネリアの姿に涙が出そうになる。
あんた達、本当に立派な貴族だよ。
「あぁ、そうそう魔女殿。
能力は決して使わないでくださいね?
もし使えば……」
男がそう言うと、微かな風きり音と共に、四人のすぐ目の前に矢が突き刺さる。
「ひっ……」
「このように、貴女の視界に入らない位置にいる私の部下が彼女たちに素敵なプレゼントをすることになります」
突然目の前に突き刺さった矢に小さな悲鳴をあげる四人を嘲笑うかのように男が告げる。
屋外に連れ出していた理由はこれか。
内心舌打ちしながら射手の気配を探るけど、相手も手練らしく全く気配を感じない。
辺りを見回して探そうにも、これだけ暗い森の中だ。
そこに潜む人影なんて簡単に見つかるはずもない。
「何が望みよ」
不本意だけど、一先ずはあいつの言うことに従うしかない。
そう思って問い掛ける私に、男はフードの隙間から覗く口元をニヤリと歪める。
「なに、簡単なことですよ。
魔女殿には、イシュレア王国を捨てて我が国へと来て頂きたい」
やはり、予想通りこいつは帝国の間者か。
「あんたに付いていくだけでいいの?」
もちろんそんな筈はないだろうと思いつつも訊ねる私を、男は馬鹿にしたように笑う。
「そんな訳がないでしょう?
我が国へと来て頂いたあと、貴女には我が国最強の兵器として働いて欲しいのですよ」
「兵器?」
人を物呼ばわりしてんじゃないとは思うけど、今はそれを言っても仕方ないことくらいはわかってる。
それよりも、こいつの、いや、帝国の狙いをきちんと聞き出さないと。
「ええ。我が国は素晴らしい国ではありますが、如何せん国土は貧しいのでね。
このイシュレア王国の豊かな土地がどうしても欲しいのですよ。
魔女殿がいては迂闊に手出し出来ませんが、貴女を排除するのもまた難しい。
それならばいっそ、こちら側へご招待しようという訳です」
あぁ、なるほど。
つまり、ノートマン伯爵の件とか、これまで私を狙った事件も全ては帝国が裏にいた訳か。
この男がどこまで本当のことを言ってるかはわからないけど、私が素直に従ってしまえばまた戦争になる。
この国はやっと先の大戦の傷から立ち直ろうとしているというのに。
「ふむ。素直には従って頂けませんか?」
私が直ぐに頷かないことに焦れたのか、男の声に微かに苛立ち混ざる。
「こちらには人質がいることをお忘れで?」
そう言うと、男は持っていた剣をゆっくりと振り上げる。
「ちょ、やめなさ……!!」
「サキ様っ!!」
咄嗟に男を止めようとした私の声を遮るように叫ぶ声がした。
「こ、こここのような者の言うことになど従う必要はありませんわ!!」
「そ、そそそうですわっ!サキ様はイシュレア王国に必要なお方です!
わたくし達の為に大義を見失わないでくださいませ!」
「「エミリー達は絶対にわたくし共が守りますからっ!!」」
「アンネ……。コーネリア……」
何言ってんのよ。あんた達めっちゃ震えて涙目になってるじゃない。
怖くて怖くて仕方ないんでしょ?
それなのに無理しちゃってさ。
「ふむ。そう言えば、人質は四人も必要ないとは思われませんか?魔女殿?」
「は?あんた何言って……」
私が最後まで言い終わるよりも先に、また風きり音がした。
本来なら小さいはずのその音が、やけに大きく聞こえた気がしたその瞬間。
まるで最初からその場所に生えていたかのように。
コーネリアの腹部に、一本の矢が深々と突き刺さっていた。
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