19人が本棚に入れています
本棚に追加
第四部 「サキ」と「咲」 1
真っ暗な中。
微かに開いた隙間から見える光景を「私」はじっと見ていた。
「良い?絶対にここから出ないでね?
声を出したり、動いたりしたら絶対にダメだからね!」
「大丈夫だ。すぐに出してあげるから。
だから、少しだけ待ってなさい。いいね?」
「私」を暗くて狭いそこに押し込めた男の人と女の人は、とても優しい顔で微笑んでいた。
優しい顔なのに泣いているのが不思議だったけど、言うことを聞けばきっと泣き止んでくれると思った。
だから「私」は絶対に声は出さないし動かない。
でも、ほんの少し前まで微笑んでくれていたその顔には、今はなんの表情も浮かんでいない。
まるで壊れた人形のようにたまにビクッて動くだけ。
最初、女の人を守るように前に立っていた男の人が倒れた。
そして、倒れた男の人に駆け寄ろうとした女の人も倒れた。
倒れたまま動かない二人に覆い被さるようにしながら、狂ったように笑い続けているモノがいる。
手に持っている「何か」を何度も何度も。
延々と二人に向かって振り下ろし続けている。
視界が赤く染まり、鉄の臭いがあたりに満ち満ちてくる。
呆然とそれを見ている「私」の心の中に、真っ黒なモノがどんどん溢れだしてくる。
恐怖、怒り、そして絶望。
ありとあらゆる負の感情が「私」を飲み込もうとしている。
このままじゃ「私」が壊れてしまう。
だから「私」が生まれた。
もう大丈夫だよ。
真っ黒なモノも、怖いモノも全部「私」が持っていくから。
だから「私」は全部忘れて、安心して笑っていればいい。
やがて迎えに来てくれた知らない大人達が「私」を真っ暗で狭い場所から連れ出してくれた。
あの二人とはもう会えなかったけど、よく似た顔の人達が「私」に優しくしてくれた。
段々と「私」がまた笑えるようになって、きっともう大丈夫だと思えた。
だから安心して眠っていたのに、突然知らない世界に来てしまった。
この世界は「私」が「私」として笑っているのには相応しくないみたいだ。
だから、少しだけ待っててね。
また「私」が笑って暮らせるような世界に「私」が作り替えてあげるから。
そして「私」は「私」になって、ずっとここで生きてきた。
いつの間にかそのことを「私」が忘れてしまっていたのは良くなかったけど、きっともう大丈夫。
「私」の周りには、素敵な人がたくさんいる。
だから、もう「私」の役割はおしまい。
「私」が「私」を必要とすることはもうない。
「私」が目を覚ましたのを確認して「私」は眠りにつく。
もう目覚めることは決してない、永遠の眠りに。
最初のコメントを投稿しよう!