第四部 「サキ」と「咲」 1

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第四部 「サキ」と「咲」 1

真っ暗な中。 微かに開いた隙間から見える光景を「私」はじっと見ていた。 「良い?絶対にここから出ないでね? 声を出したり、動いたりしたら絶対にダメだからね!」 「大丈夫だ。すぐに出してあげるから。 だから、少しだけ待ってなさい。いいね?」 「私」を暗くて狭いそこに押し込めた男の人と女の人は、とても優しい顔で微笑んでいた。 優しい顔なのに泣いているのが不思議だったけど、言うことを聞けばきっと泣き止んでくれると思った。 だから「私」は絶対に声は出さないし動かない。 でも、ほんの少し前まで微笑んでくれていたその顔には、今はなんの表情も浮かんでいない。 まるで壊れた人形のようにたまにビクッて動くだけ。 最初、女の人を守るように前に立っていた男の人が倒れた。 そして、倒れた男の人に駆け寄ろうとした女の人も倒れた。 倒れたまま動かない二人に覆い被さるようにしながら、狂ったように笑い続けているモノがいる。 手に持っている「何か」を何度も何度も。 延々と二人に向かって振り下ろし続けている。 視界が赤く染まり、鉄の臭いがあたりに満ち満ちてくる。 呆然とそれを見ている「私」の心の中に、真っ黒なモノがどんどん溢れだしてくる。 恐怖、怒り、そして絶望。 ありとあらゆる負の感情が「私」を飲み込もうとしている。 このままじゃ「私」が壊れてしまう。 だから「私」が生まれた。 もう大丈夫だよ。 真っ黒なモノも、怖いモノも全部「私」が持っていくから。 だから「私」は全部忘れて、安心して笑っていればいい。 やがて迎えに来てくれた知らない大人達が「私」を真っ暗で狭い場所から連れ出してくれた。 あの二人とはもう会えなかったけど、よく似た顔の人達が「私」に優しくしてくれた。 段々と「私」がまた笑えるようになって、きっともう大丈夫だと思えた。 だから安心して眠っていたのに、突然知らない世界に来てしまった。 この世界は「私」が「私」として笑っているのには相応しくないみたいだ。 だから、少しだけ待っててね。 また「私」が笑って暮らせるような世界に「私」が作り替えてあげるから。 そして「私」は「私」になって、ずっとここで生きてきた。 いつの間にかそのことを「私」が忘れてしまっていたのは良くなかったけど、きっともう大丈夫。 「私」の周りには、素敵な人がたくさんいる。 だから、もう「私」の役割はおしまい。 「私」が「私」を必要とすることはもうない。 「私」が目を覚ましたのを確認して「私」は眠りにつく。 もう目覚めることは決してない、永遠の眠りに。
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