夏が終わらない

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 終わるはずだった夏が延長されてからもう数ヶ月がたった。海水浴場も富士山の登山口も全部閉まったのに太陽だけが煌々と輝いている。連日30度を超える猛暑日が続き、普段ならアパレルショップに秋物、コンビニに中華まんが並ぶ時期になってもTシャツとアイスが売れ続けた。いつになったら気温が下がるか調べてみても、はっきりとしたことはわからない。気象予報士は「来週には秋めいた気候になるでしょう」と6週連続でコメントし、3週目を過ぎたあたりから「嘘つけ」とか「このまえも同じこといってなかった?」とかネットで煽られて、とうとう「秋」という単語を出すのをやめてしまった。  それから慌てて海はまた開きはじめ、閉まっていたキャンプ場も続々と再オープンした。ぼくはといえば、この状況がじつは嬉しかったりする。もともと夏が好きだ。キャンプに海、バーベキューにビアガーデン。学生時代はよく仲間と一緒に外で遊んだものだ。社会人になってからは仕事の都合上、8月、9月が繁忙期のために遊びに行くことができない。少し前から行きたいキャンプ場があった。素晴らしいロケーションで、ネットで見かけてからずっと行きたいと思っていた。テントや寝袋を買い込んだのに、仕事が忙しくていけないまま、もう何年も過ぎている。  夏が延長したことで喜んだのはぼくだけではなかった。いつ終わるかわからない夏の「ロスタイム」を享受するため、人々はこぞって海や山にでかけた。そうなってくると現金なもので、まだまだ暑いなら来週末でもいいだろう、今週は忙しいから来週にしよう、翌週から出張だから準備をしないと、とキャンプ場に行く予定を伸ばし続けていた。その間、テレビの中の観光客は山に海にプールにと大騒ぎだった。会社に出勤する前の朝食の時間、ネクタイを巻き付けながら自分も今週末こそは、と思ってそのキャンプ場のウェブサイトを見ているのだけど、家に帰るともうそのサイトで予約する気力が残っていない。  「夏」の終わりは唐突にやってきた。このままずっと暑いなら別に今海や山に行かなくてもいいかな、暑いし、とばかりに観光客の数がどんどん減っていったのが原因だ。そうなるといつまでもキャンプ場を開けていても仕方がない。すっかり出勤前の日課になっていたキャンプ場のウェブサイト訪問をしたとき、休業のお知らせの文字が飛び込んできて随分と落胆した。電車にゆられながらぼんやりと車窓からビル群を眺める。そうしていると、逆にキャンプ場が休業してしまったことで少しホッとしている自分もいる。キャンプ場がやっていないなら仕方がない。また来年行けばいいだろう。だって毎日こんなに暑いのだから。 了
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