電波塔の国

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電波塔の国

 僕は暗闇の中を歩き続けた。足音さえも聞こえない空間。もはや東西南北もわからない。 今は何年の何月何日の何時何分なのかもわからない。僕が覚えているのは過酷な世界の記憶だけだった。 目を開けているのか、閉じているのかもわからない。延々と続く闇の果てをただ歩く。今できることはそれだけだった。  やがて、僕の視界の先に小さな白い点が見え始めた。前に進めば進むほど、天は徐々に大きく見え始める。恐らく出口だろう。 自然と足が早まり、心の底に未知なるものへの好奇心が生まれる。きっとあの先に広がっているのは素晴らしい世界なのだろう。 僕は胸の高鳴りを抑えながら徐々に近づく白い光の果てを目指した。  近づく光の眩しさに目を閉じる。しかし足は前方へと進み続ける。やがて足に固い地面の感触を覚え、ゆっくりと目をあけた。  街だった。いや、もっと具体的に言えば、そこはいつもと変わらぬ街の中だった。 僕は街の一角にある薄暗い路地裏から出てきたようだ。後ろを振り向くがそこに先ほどまでの闇はなく、ただの薄汚い路地裏へと変貌していた。 街を歩いているのは何の変哲もない人間たちである。腕時計を見ながら走るサラリーマン、買い物袋を下げた主婦、犬を連れた子供。 空を見上げれば数多のビル。鼻を突く排気ガスと生ごみの悪臭。いつもと変わらない街がそこにはあった。  まさか、僕の妄想だったのか?本当はただ会社を抜け出して無意識にここまできたのではないだろうか…?  知らぬ間に変な薬でも打ってしまったのだろうか?いいや、そんなはずはない。僕は確かにロッカーからあの異様な暗闇を通り抜けてきたはずだ。  僕は歩くことにした。歩けば何かわかるかもしれないという杜撰な考えだった。 変わらない風景。変わらない人々。変わらない音。変わらない匂い。変わらない世界。 何だか期待外れだったと、僕はため息混じりにもう一度空を見上げる。  するとどうだろう、聳え立つビルの奥に一際大きな塔が見えるではないか。  僕は自身の目を疑った。あんな塔、今まで見たこともない。 塔はどの建造物よりも高く天に向かってそそり立ち、圧倒的な存在感を放っていた。 やはり、今まであんな塔は存在しなかった。僕は僅かな視力で遠くに見える塔を観察した。  複雑な鉄塔のようだった。上部には丸い球体があり、更にその上には細長い柱が伸びていた。 何とも奇妙な建造物だった。良く言えば街のシンボルのように印象的な存在だが、悪く言えば悪趣味なデザインである。
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