0人が本棚に入れています
本棚に追加
僕はやけにしゃがれたその声の主を探した。切羽詰まって気づかなかったが、僕のすぐ隣にその人は座っていた。
年齢はわからないが老人のような見た目だった。薄汚れた体にベタベタな髪。何日も風呂に入っていないのだろう、かなりの悪臭を放っている。
敷かれたボロ切れの上に鎮座し、目の前で跪く人々へ視線を向けている。実際は、目を開けているのか閉じているのかもわからなかったが。
「あなたは跪かないんですか?」
僕はやっと自分と同じような人間に出会えた気がして話しかけた。
「跪かないのが普通だろう。私はもう何十年も生きてきたが、あの塔に跪いたことは一度もない。」
老人はしゃがれた声でそう呟く。第一印象はなんとも不気味な印象だったが、今の僕は妙に安心していた。
老人は枝のように細い指で塔を指した。聳え立つビルの奥にある塔を見る。やはり、ただの塔である。これっぽっちも跪こうとは思えない。
「お前さん、あの塔をどう思う?なんの塔だと思うかね?」
「…さあ、ただの塔に見えます。街のシンボルか何かですか?」
僕の答えに老人は満足したかのように手を下げ、それから何度か咳き込んだ。
「どうやらあれは電波塔らしい。あの塔のてっぺんを見てみろ、あそこから街全体に目には見えん電波を放っているのだよ。」
老人は髭を整えながらそう告げた。といっても、僕には理解し難いことだった。
電波など本当に放たれているのだろうか?仮にもし放たれていたとして、街全体という広範囲な規模に拡散できるものだろうか?
そして一番の疑問は、何故僕とこの老人は一切電波に影響されていないのだろうか…。僕は質問した。
「…では、彼らはその電波にしたがって跪いていると…?一体なんのために?」
「さあな。だがこの国は変わってしまった、国の王が決まった日から変わってしまったのだよ。」
「王、王とは…?」
「私にもわからん。ただ王はあの塔から我々民衆を操っているのだ。自分の従順な部下としてな…。」
「…つまり、洗脳…ですか?」
老人のしょぼくれた目が物悲しく見えた気がした。時代に取り残された世捨て人のように、孤高だが孤独で寂しい存在に見えてしまった。
僕は未だ跪く人々を眺めながら呟く。
「お前さん、この国のもんじゃないだろう?」
最初のコメントを投稿しよう!