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女は数秒間黙っていたが、その顔は次第に赤くなっていった。
「女性差別よ!」
女は僕の二の腕辺りを叩き、そそくさと行ってしまった。
差別だと?そこまでは言っていない。僕はジンジンと痛む二の腕を押さえながら再び始めた。
町角のラジオから政治家の言い争う声が聞こえる。別のラジオからはどこの国の言葉かはわからないが、洒落た音楽が流れていた。
町ゆく者たちはどこへ向かうのだろうか。家か、仕事場か、遊び場か。それともどこか遠い異郷の地だろうか…。
やがて大きな団地が見え始めれば、僕は心の底から大きなため息を吐いた。
階段を上れば夜景が見える。綺麗だが、どこか残酷な景色だった。
家の鍵を開け中へ入る。靴を脱ぎ、浴室へと向かう。
生ぬるい浴槽へ体を沈めれば、少々疲れが吹き飛んだ。静かな浴室はまるで宇宙空間だ。水の中というのはなんだか心地が良い。人間は初め、母体の中で羊水に包まれながら育つのだ。だからこそ、温かな水はどこか安心するのかもしれない。
だからと言っていつまでも入っているわけにはいかないのだ。僕は早々に浴槽から出ると、いつものように体を洗い浴室を出た。
テレビをつけるが面白そうな番組ではなかったので速攻切った。
窓の外から聞こえるサイレンが喧しい、いつもどこかで事件が起きる。
ソファに項垂れ、ただただ白い天井を見つめた。
こんな世界は、いつか滅びてしまうべきなのだろうか。
そもそも、何故こんな世界が生まれてしまったのだろう。
誰かが生み出したのか、自然に作られていったのか。もしかすると、この世界は僕の妄想なのだろうか。
僕は天井へ手を伸ばした。当然、誰もその手を掴むことはない。しかしこの壁に閉ざされた部屋という空間でも、どこかで誰かが僕のことを監視していいるのだろうか…。
僕は、この世界のほんの数パーセントのことしか知らない。
世界のことを完全に理解した人間など、所詮この世には存在しないのだ。
僕はベッドに行くことさえも忘れ目を閉じた。
考えれば考えるほど疲れは増し、頭も痛くなる。ならばもう寝てしまおう。何もかも忘れ、夢の世界へ旅立とうではないか。
遠ざかってゆくサイレンの音を聞きながら、僕は意識を人間の世から隔離した。
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