人間の国

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 朝、目覚まし時計の嫌な音が僕の脳内を侵食してゆく気持ち悪さに目を覚ました。  薄っぺらい布団を剥がし、始めに目に飛び込んだのは白い天井だった。僕にはすっかり馴染みのある光景であり、できればもう見たくない光景でもある。 頭上で金切り声をあげている目覚まし時計を止め、酷く重い頭を抱えながら上半身を起こした。四方を囲む白い壁。そこにかけられた時計は十二時で止まっていた。 僕は目覚まし時計に目を向け、今の時刻が午前九時であることにやっと気がついた。  …九時だって?  僕は布団から飛び出し、光にも負けぬ速さで服を着替えた。 こうしちゃいられない。僕は歯磨きもせず、コーヒーも飲まずに鞄を掴むと、一切れのパンを片手に家を飛び出した。 階段を転びそうになりながら駆け下り、ゴミ捨て場に集まるカラスたちの間を抜ける。そして大通りを人目も憚らず駆け抜けていった。 「お前、昨日の非国民だな!」  どこからか声が聞こえる。しかし振り向いている暇などない。僕は完全に聞こえていないふりをして大通りの人混みをかき分けた。 「あなた一冊どうですか?」  どこからか本が飛んできたが、僕はそれを素早くかわし疾風の如く走り去った。 遅刻なんて一度もしたことがない。どうしてこんなにも遅れてしまったのか。目覚まし時計もセットした。いつものように起きたはずだ。 しかし時間は一時間も違っていたのだ。まるで誰かが時計の短針だけを動かしたかのように…。そうであって欲しい。 大通りを走る車たちの渋滞を横目に走る。彼らも彼らで全く進まない渋滞にうんざりしているのだろうか。その横を颯爽と走るのは気分が良かったが、こちらもこちらで大変な状況なのだ。 坂道を駆け上がる頃にはすっかり脇腹が痛くなり、身体中から汗が吹き出していた。日頃運動していなかったツケが回ってきたのだろう。かなり脇腹が痛い。 恐らく今頃、職場は文句の嵐だろう。溜まった残飯の山を想像し吐き気が込み上がる。しかし止まるわけにはいかないのだ。  走れ、走れ、一生分走るのだ。その先に待っているのが絶望だとしても。
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