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僕は床に置かれたペットボトルを退かし、ロッカーの中に一歩足を踏み入れた。
行儀が悪いことはわかっていたが、この異様な空間が気になって仕方がないのだ。
ハンガーにかけられた作業着をカーテンのように退かし、僕はその先に続く闇を見た。何も見えない、音も聞こえない。
ならばこの先には何がある?永遠に続く闇か?何か別の世界が広がっているのではないか?
側から見れば何を言っているのだろうかと怪訝な顔をされるかもしれないが、目の前に広がる光景は事実だ。
さて、どうしようか。このまま仕事場に向かい怒られるか?それともこの変な空間を探索してみようか?
僕は少々考えた。ここは選択を間違えれば一生の不覚だ。慎重に行動しなければならない。
僕は人間の世を思い出していた。これまでの人生で見てきた人間たちの様を。
思えば不幸だらけの人生だった。これといった成績も生きた証も、僕を覚えている人も誰もいないのだろう。
平凡よりも少し不幸な人生。僕のような人生を送る人間もいるのだろう、なんたって世界の人口は十億なんだから。僕はその中の一だ。
そうだ、十億もいるのだ。だったら一人くらい離脱しても良いだろう。
僕はまた一歩、ロッカーの中へ足を進める。少々窮屈だがどうってことはない。
金属の冷たさが服越しに伝わる。こびりついていた汗の匂いが漂う。しかしそんなことはどうでも良い。
肩にかけた鞄を強く握り、僕はまっすぐ前を向いた。続く闇、光などどこにもない。
しかし進もう、進んでしまおう。こんな忌々しい国からは出て行ってしまおう。
どこまでも続く闇の道。その先に未知なる世界を想像し胸が高鳴った。
僕は今この瞬間から旅人だ。未知なる国へと出発する旅人なのだ!
牢獄から解放された囚人のように、僕は闇の中へ駆け出した。
人間の国よ、さようなら。僕は旅に出ます。どうか探さないでください。
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