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さくら
ぎらり。その光には、命が宿っていた。
「わああっ!」
恐怖と驚きで後退ると、どこかに背中をぶつけた。痛みに耐える間もなく、音を立てて物が降ってくる。バサバサと床に落ちたのは本と紙だけだが、埃っぽさには参った。咳が止まらない。
「りょーっ!」
大丈夫かー!と、賑やかに階段を下りてくる。2歳年上の明くんは、僕にとって憧れで頼りになるヒーローだ。
「わっ、なんだこれ!」
しかし、流石のヒーローもこの埃には勝てないのか、咳き込んだ。
「にいちゃん!」
埃まみれも気にせず、棚の影から飛び出してきて、明くんの腰に抱きつく生き物。
「澪、こんなとこにいたのか。母さん、カンカンだったぞ」
さっきの、光の正体だ。
「それに、ここにいるのがバレたら、ババアに何言われるか」
ここは、地下室だった。大切な本がたくさんあるからと、子どもは出入りを禁止されている。かくれんぼをする度にドアノブを回してみても、いつも鍵がかかっている。しかし、今日は静かに開いたのだ。電気のスイッチもわからず、感覚だけで歩いていると、生き物の気配があった。おそるおそる覗いてみると、である。
明くんが開けっ放しにしているドアから入ってくる光が唯一頼りで、出口までは遠そうだった。
「だーれがババアですって?」
「!!」
怒った女の人の声に、目を閉じた。明りが点いて、眩しくなったのだ。
「また学校でヘンな言葉覚えてきて!ここには入っちゃダメだって、散々言ったでしょ!?ダメじゃない!」
明くんは、唇を尖らせてフンと顔を逸らした。僕が今1番、格好いいと思っている仕草だった。
「涼くんも。お父さんに言いつけるよ?」
「いやっ」
じわり、視界が滲む。
「お父さん」という言葉は、最強だった。家で悪いことをしても笑って許してくれるのがお父さんだが、佐倉さんちでのイタズラはガミガミ怒ってなかなか許してくれない。
「澪を探せって言ったの、母さんだろ?涼が見つけてくれたんだよ!」
明くんの勇気ある反論に、おばさんは僕たちを見比べた。明くんにしがみついたままの黒い頭に、溜息を吐く。
「そうなの?ありがとうね、涼くん」
「だから言ってんじゃん」
「お黙り、明。鍵をかけ忘れたおじさんが悪いんでしょうけど、次からはおばさんに一言ちょうだいね」
「はーい」
「やっぱおばさんじゃねえか」
明くんの小言に睨みを利かせるのも忘れずに、おばさんは明くんにしがみついたままの生き物―明くんの妹の澪ちゃんを抱き上げた。
「わっ、澪ヘンなのー!」
確保された指名手配犯は、顔が真っ赤に塗られていた。おばさんの口紅でイタズラをした容疑がかかっていて、その顔面は紛れもない証拠だった。
「おやつがあるから、さっさと上がってきなさい。ちゃんと靴下脱いでよ、あと、明はTシャツ」
「ほんとだ!血まみれー」
明くんの赤くなったTシャツを笑いながら、僕たちは上機嫌で報奨金のプリンに預かった。洗面所から聞こえてくる泣き声に、時折耳を塞ぎながら。
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