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澪ちゃんがおやつの時間を迎えたのは、僕たちのかなり後のことだった。
明くんは僕とのゲームを一旦止めて、澪ちゃんの所に行く。こういうところが、面白くない。
「澪、大人だもん」
「じゃあそのプリン、兄ちゃんがもらうぞ」
「だめっ!」
「大人はおやつ食べないんだぜー」
「ちょっと明、意地悪しないで」
コントローラーを床に置いて、明くんの所に行った。おばさんが気付けば、「遊びの途中でしょ」と言って明くんを僕に返してくれる。
「お化粧は大人になってからって言ったとこなんだから、余計なこと言わないで」
「へえー」
プリンを守るようにスプーンを動かす姿は、大人どころか赤ちゃんだ。掬い損ねたプリンが、テーブルに溢れる。だって、3歳の澪ちゃんはまだ幼稚園にも行けないのだ。
「ま、澪も大人になったら綺麗にお化粧できるよ。母さんでアレだからな」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
兄妹のやりとりより、おばさんの「明くうん、聞こえてるわよー」の言い方の方が面白かった。
「涼くん、ほんと?」
突然名前を呼ばれて、顔を上げる。明くんが、「ほんとって言えよ」と耳打ちしてきた。
大きな瞳が、こちらを見つめている。地下室で見た生々しい光ではなく、涙でぴかぴか光っている。白いほっぺたをつつくと気持ちいいのも、知っている。寝ているところを明くんと触って起してしまい、おばさんに叱られたことがある。
「...たぶんね」
曖昧な答えに、明くんは首をかしげた。一方澪ちゃんは、えへへへへと白い歯を見せた。
「涼、ゲームしようぜ」
明くんみたいなお兄ちゃんが欲しくてたまらなかったけれど、ご機嫌な時の澪ちゃんみたいな妹も悪くないかな、と思った。
3時間後、幼稚園の連絡帳が桜のシールでいっぱいになるまでは。
「澪ちゃんのばか―っ!」
「かしわ りょう」の名前まで隠れる大惨事に涙する僕には、明くんの呟きを解釈する余裕はなかった。
「澪、そのシールお気に入りだもんな」
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