晩夏

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1年後の8月31日 奥の間にて 美羽は、四つん這いになりながら、顔は鬼のように顔を歪ませ、額には青い筋が浮き出ていた。 その状態の清孝と、宮部が対峙する。 そして、清孝が鬼鎮の祝詞を唱えていく。 人の手によりて助けられ 義理堅い鬼はこの身を一生人々に捧げんとす だがその心は、人の手によりて砕かれた なんと痛ましい事か なんと悲しい事か 鬼の怒りし気持ち甚だしい けれども どうか どうか 怒りを鎮め、心安らかに御眠り下さい 御身柱様の御加護を受けて どうか どうか 鎮まりたまえ 御身柱様と呼ばれた太い幹が蒼く光り輝く。 暫くすると、切り株から1人の美しい女性と、鬼の様な顔つきの男の子が浮かび上がる。 そして、その2人はその切り株からなんの雑作もなく、すーっと切り株から降りた。 ゆるりゆるりと、美羽に近づく。 鬼の顔をした男の子が、美羽の前で膝まつき、2本の指で美羽の額を軽くつく。 すると美羽は、意識を失うようにその場に倒れ込む。 美しい女性はゆっくり座り、美羽の頭を膝枕する。 美羽の身体をゆっくり撫でながら、詠う。 愛しい鬼よ 私が初めて愛した鬼よ こんなに傷みを与えてすまぬ 私と出逢わなければこんな目に合う事は無かった だが、私は鬼と出逢い、子を生したことは後悔しておらぬ だが、傷みを負わせた事にはほんにすまぬ ほんにすまぬ 美しい女性は、ポロポロと涙を流し、美羽の額にその涙が滴る。 ふるえ、ゆらゆら、ゆらゆらと、ふるえ 美しい女性が、そうと唱えると、美羽の額の青筋が消え、鬼の顔が緩んでいき、美羽に戻る。 その様を見届け、美しい女性は優しく微笑み、鬼のような顔つきの男の子とその場から消えた。 その様子を見守っていた清孝は、ただ、ただ、涙を流し、鬼への無念の傷みを癒されますようにと、心から願うのだった。
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