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24.召喚の痕跡はない(ベルSIDE)
改めて詳細を聞き、召喚の状況に疑問を持った。まずおかしいのは、ウェパルが「名を呼ばれた」と口にしたことだ。ドラゴンの名は、魔族以外に発音できない。なぜなら強者の法則が生きているからだ。
ウェパルが俺の名を完全に発音できなかったのも、同じ原理だった。いくら幼く弱い子どもであっても、ドラゴンの名を発音できる人間などいない。実際、あの場で誰もウェパルの言葉を理解できなかった。
強者の法則は、以前暮らした世界にも存在する。同じ法則が存在し、同じ武器が現存するだと? それは因縁のような気味悪さを感じた。そもそも俺は特に苦労せず、この世界で魔法を使い言葉を聞き取っている。食べ物も問題ない。
世界を超えて召喚されたのに、足りない物もなかった。手足や内臓の一つくらい、犠牲に取られるのが普通だろう。召喚への対価なく、こちらで呼んだウェパルは俺より弱者だ。すべてが法則に反していた。
何か手がかりがないか、あの日の現場へ飛ぶ。切り捨てた人間は影に飲み込んだため、血の跡もない。綺麗な大地に魔法陣の痕跡もなかった。召喚を魔法だけで行えば、膨大な魔力が消費される。空間に魔法陣を魔力だけで維持する必要が生じるためだ。それを防ぐため、魔法陣に法則や理論を記して魔力消費を抑える。
何も痕跡がなかった。薄気味悪さが背筋を震わせる。得体の知れない何かに、命運を握られたような不快感が湧き上がった。
「ウェパルも巻き込まれたのか」
人間に傷つけられた魔族を、俺が助けることまで織り込んでいたら? 出会いを演出するため、俺を怖がらない子を選んだのなら……。
「償わせてやる」
怒りが湧き上がる。幼く愛らしいあの子が、どれほど怯えていたか。切られた指が痛いと泣く姿は、哀れを通り越して痛みすら覚えた。
だが同時に、この出来事に感謝する自分もいた。可愛いウェパルを伴侶として得られるのは、この世界に呼ばれたから。前の世界で魔王の頂点に立つ未来を追うより、素晴らしい。愛する伴侶に恵まれ、空席だった魔王の座も埋める。
都合の良すぎる状況だが、飛ばされた先がこの世界で良かったと思う部分もあった。そこで、ふと……気になって小さな石を拾い上げる。輝いているわけではなく、珍しい石とも思えなかった。触れた瞬間、ぞくりと背筋に怖気が走る。
魔力で包んで隔離し、じっくりと観察した。呪詛か? いや、もっと黒く深い感情だった。剥き出しの悪意が牙を剥いたような……。
迷ってその石を持ち帰る。これが召喚に絡んでいる確証はないが、逆に無関係と考えるのもあり得ない。
ウェパルが絶対に触れない場所に保管するとしよう。地中に埋めるのが安全か。あれこれ考えながら、夜明け前に洞窟へ戻った。移動して目を開け、空の巣に何とも腹立たしい気持ちになる。早朝、すぐ迎えに行かなくては! そう思うくらいには、心に痛い光景だった。
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