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27.特別な呼び方だったんだ
吸血鬼のおじさんが来て、おもてなしの山羊に噛み付く。その間に、僕は座る場所を用意した。干し草をいっぱい積み上げたの。そこへおじさんが座った。
「どう?」
「いい子だな、すごく快適だ」
喜んでもらえた! お父さんにお客さんが来た時も、お母さんがいろいろ準備をした。僕はベル様の奥さんだから頑張る。奥さんは未来のお母さんなんだよ。でも、僕は男の子なのにいいのかな? ベル様と赤ちゃんが必要になったら困るかも。
その辺は、ベル様が「大丈夫だ」って言ってくれた。魔法がいっぱい使えるベル様だから、赤ちゃんも「えいやっ!」で作れるかもしれない。座る場所の準備が終わったら、僕はベル様のお膝によじ登った。ベル様は今、おじさんの向かいに座っている。
お尻を支えてもらい、すぐに膝の上で向きを変えた。お座りしてから丸まる。僕がお座りしたままだと、お話の邪魔になるといけないから。尻尾まで上手に丸めた。ベル様の温かい手が触れて、優しく撫でる。
「ドラゴンを支配できるような人間はいるか?」
「魔力量の問題ですかな? 心当たりはありませんな」
「ウェパルでも、同じか?」
ん? 僕の名前だ。反応して見上げたら、目の上を温かい手が覆った。気持ちいい。うっとりと横たわる。そのままがいいな。
「たとえ幼竜であっても、人間程度が支配できるはずがない」
最高峰の魔法使いであっても、あり得ないと言い切ったおじさん。難しいけど、僕が人間に呼ばれた時のことかも。こないだもベル様に聞かれたから。尻尾の先を小さく揺らしながら、僕は耳を伏せる。
「法則が……」
世界の決まり事だとか、強者の理だとか。初めて聞く言葉がいっぱいだった。僕は途中から聞くのをやめて、ベル様の指先と遊んでいる。僕が右の指を舐めると、左の指がイタズラするの。それを追いかけたら、今度はまた別の指が耳を擽った。
遊んでいる間に話が進んだようで、ベル様は満足そうに「わかった、ご苦労」とおじさんに頷いた。頭を下げて「お役に立てたなら何より」と挨拶するおじさん。僕もぺこりとお辞儀した。
「頑張れよ、魔王陛下の妃になるんだからな」
ぐりぐりと僕の頭を撫でて、おじさんは飛んでいった。背中に黒い翼が出るんだ。あれは膜がどうとか、前に説明を聞いた。ドラゴンの翼に似ているの。鳥とは形が違った。ふわふわの毛がない。
「きさきって何?」
「奥さんのことだ」
「奥さんって言えばいいのに」
同じ意味なのに、別の言葉を使うのは変だ。そう告げるとベル様は内緒話みたいに、僕の耳にそっと小さな声で話す。
「奥さんは俺の世界の言葉だからな、ウェパルと俺だけが使えばいい」
「うん!」
僕とベル様だけの言葉。奥さんは素敵な言葉になった。ベル様は旦那さんで、これも特別なんだよ。
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