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30.お魚を獲りに海へ来たの
ベル様はカッコよくて、優しくて強い。それに黒くて綺麗だ。僕にとって黒はとても美しい色だった。
夜の闇と同じで、誰も傷つけないんだよ。肌は柔らかい黒で、髪はしゃきっとした黒。同じ黒なのに色が違うの。目だけ金色で、魔力がいっぱいあると分かった。
寝てるからこっそり口付けしたのに、起きてたなんて。恥ずかしい。真っ赤になった頬を両手で包む。なんか、ぽかぽかして体の奥がウズウズした。不思議な感覚で痒いような気がするのに、幸せだと思う。この感覚は嫌いじゃない。
朝まで眠れないかも……と思ったのに、すぐ眠っちゃった。温かい腕に包まれて、ベル様の胸の音を聞く。この音や温かさは生きている証拠なんだ。死んだら冷たくて硬くなる。そんなのは、絶対に嫌だな。
朝は起きたら顔を洗う。いつもベル様が先に起きるけど、明日は絶対に僕が先に起きるよ。そう言い続けて、もう何日も経った。なんでベル様が起きる時に、僕も目が覚めないんだろう。不思議だな。
冷たいお水で顔を洗い、お家の中に生えている木から果物を採った。これは赤い実で食べられる。運んでいくと、ベル様が綺麗に切ってくれた。初めて見る形だ。お月様が減ってきた時みたい。
お膝の上に座り、ベル様が差し出す赤い実を齧る。しゃくしゃくといい音がした。甘くて酸っぱくて美味しい。
「今日は来客がない。夜は肉を食べるか?」
「僕、お魚がいい」
お客さんが来ると、いつもお肉を獲ってくる。だから僕達もお肉だった。でもお客さんが来ないなら、なんでもいいよね。たまにはお魚が食べたいな。お家にある小さい湖にもいると思うけど、お魚が小さすぎた。一口で食べるお魚しか棲んでいない。
「ふむ……海へ行くか」
「海!」
昔、お父さんに頼んだら「危ないからダメです」ってお母さんに止められた場所だ。あれから五年も経ったし、僕も大きくなったからいいのかも。海へ行きたい。大きいお魚がいるんだよね。
勢いよく話したら、ベル様が笑った。それから僕の頭を撫でて、海へ行くと約束する。魔法で移動するから、抱っこのまま目を閉じた。
変な臭いがする。生のお魚みたいな、でも嗅いだことがない臭いだ。くんくんと鼻を動かすけど、まだ合図がないので待っていた。移動の魔法は、途中で目を開けると気分が悪くなる。
「着いたぞ」
背中を撫でたベル様の言葉に、ぱちりと目を開ける。最初に見えたのは、抱きついたベル様の肩。辿って顔を見る。それからぐるりと首を回して、反対側に……。
「うわぁ、大きい!」
びっくりする。大きい湖が遠くまであった。向こう岸が見えない。こんな大きいから、湖じゃなくて海って名前をもらったのかな。
「海の水は塩辛い。絶対に飲むなよ」
「飲めないお水なの?」
「飲めなくはないが……百聞は一見にしかずか」
難しい言葉を口にしたベル様は、水の近くまでふわりと飛んだ。翼を使わなくても、ベル様は飛べる。青い色をした砂に、水が寄ってきた。湖でも見たことある。風がある日は、表面が波になるの。
得意げに説明すると、ベル様は頷いた。それから海はいつも波があると教えてもらう。誰が揺らしてるんだろう? 反対側に大きい人がいるの?
ゆっくり下ろしたベル様が頷くから、恐る恐る水に触れた。あまり冷たくない。濡れた指を嗅ぐと、なんか変な臭いだった。ぺろっと舐めたら、びっくりして目を見開く。
「べ、ベル様、大変! 舌が切れた」
「ん? どれ」
抱き上げたベル様に、舌をべろりと見せた。でも切れてないって。
「すごく痛くて、苦くて、ピリピリしたよ?」
少し楽になってきた。口の中は変な味がする。きょとんとしたあと、ベル様は笑って僕の頬に頬を擦り付けた。
「これが海の味だ」
この変な味と臭いが? 僕が想像していた海と違う。
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