王子の記憶

2/2
前へ
/17ページ
次へ
「あなたを愛しています!  魔王を倒す旅に、私もお連れください!」  大人しい彼女が、切羽詰まった声で口にしたのは、必死な願いだった。  俺は物陰で一人、暗い顔をした。  彼女は互いの一族が決めた許嫁。結婚して子供を産むことが使命だ。国を出る旅など許されない。  たとえ俺よりイリセに心を奪われていても。  同じことを、イリセが辛そうな顔でソフィアに(さと)していた。彼もわかっているのだ。  俺はその場を去ろうとした。最後にソフィアの横顔をちらりと見る。  彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちたところだった。  ふと、思いついたことがあった。 ――もし、婚約が解消されればどうだろう?  俺がいなくなれば、彼女の願いは叶うのでは。  王位も兄が継ぐ。母も幼い頃に亡くし、着る物もふるまいも妻も、何もかも道筋が決まった人生。  だが、失態を犯して国から消えたら誰も追ってこない。  自由になれる。  そして、王族はエルフ族の姫に謝罪する。そこでソフィアが、イリセと旅に出る許可を求めれば――。  それはソフィアと俺自身を救う、妙案に思えた。  そして俺はやり遂げた。  イリセとの決闘で負け、卑怯な手を使ったと噂を流し、婚約解消。周囲からの非難は凄まじいものがあり、さすがに辛かった。全く違う表情を向けられるようになった。しかし二人のためにも後にはひけなかった。  俺は城を抜け出して身を隠し、港で適当な船に乗り込んだ。  難破したのは予想外だったが、こうして新しい人生を手に入れた。未練はない。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加