少年の決意

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少年の決意

 翌日の夕餉(ゆうげ)の後、俺は一つ深呼吸をした。 「クロエ、少しいいか」 「どうしたの、リト」  クロエは居住まいを正した。 「君には本当に感謝している。看病して、こうして住まわせてくれて」 「……」  話が見えないからか、彼女は不安そうに聞いている。 「魔物退治をするうちに、村の男たちや、行商人から東の町の話を聞いた。  あちらは魔物に押されていて大変な状況らしいんだ。  俺は上級魔法が使える。困っている人達の役に立ちたい。  この村を出て、東の町に行こうと思う」 「そう……」  クロエは目をふせる。顔に陰りが出る。  そこで、俺はここ一番の勇気を振り絞った。 「もし、もしよければなんだが……ついてきてくれないか?」 「え……」 「君が、そばにいてくれると嬉しい」  俺はソフィアの告白を思い出した。  あの時、俺はむなしい気持ちで、冷ややかに彼女を見ていたけれど。 ――自分の本当の気持ちを伝えるのは、こんなにも勇気がいることなんだな。  相手に受け入れてもらえるかどうかわからない。でも、伝えたい。  誰よりも大事な人だから。気持ちが大きくなって、抑えきれないから。  クロエは顔を真っ赤にしている。 「でも……私、治癒魔法しか使えないよ?」 「構わない。一緒に来てくれるだけでいい」 「リトは、記憶が戻ったんじゃないの?   大事な人達がどこかにいるんじゃないの? 帰らなくていいの?」  彼女の青い瞳に、涙が浮かぶ。不安そうな声に、俺は思わず彼女を抱きしめていた。 「過去は捨てた。俺の人生はこの小屋からまた始まったんだ。  クロエ、君はただ、そばにいてくれるだけでいいんだ。  それだけで俺は、何倍も強くなれると思う。  ……それとも、俺と生きるのは嫌、かな?」  腕の中で彼女は小さく首を振った。   「そんなこと、絶対ない。  私もリトのそばにいたい。一緒に、行きます」    彼女を放すと、「一つお願いがあるの」とつぶやいた。 「お別れを言わなきゃいけない人がいるの。  一日、時間をください」  俺は真正面から彼女を見つめた。  クロエには、少し変わったところがある。村の人々はあまりクロエのことに詳しくない。誰もが身内のように過ごしていて、家族のことやら何やら、すみずみまで知っているのに。  親が死んだとか、そういう話もなく、彼女はいつからかこの小屋で一人暮らしを始めた、そういう認識になっている。村では唯一、治癒魔法が使えるのも不思議だ。  加えて、ふいにいなくなることもある。  だが、それがなんだと言うのだろう。 「わかった。待つよ」  俺は彼女にそう伝えた。  誰しも、秘密の一つや二つある。彼女が無理に俺の記憶を聞かないように、俺も、クロエの意志を尊重しようと思う。  
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