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王子の記憶
隣でクロエがすやすや寝息をたてている。
彼女は集落の女性たちと、街の市場に行ってきたらしい。疲れているようだ。献身的に看病してくれた彼女に、俺は心から感謝していた。同時に、彼女の顔を見るたび、胸の中からあたたかい気持ちが湧いてくるのを感じるようになっていた。
俺は寝床から起き上がり、小屋の外に出た。見上げれば満天の星空だ。こんなに広い夜空は見たことがない。澄み切った空気に包まれている今、俺は何よりも自由を感じていた。
あの頃とはまるで違う生活だ。
イリセ・アキラが城で騎士団長と親善試合をした日を思い出す。類稀なる力、素早い判断。戦いぶりも見事だったが、それより俺の隣に座っていたソフィアが、初めて見せた表情に衝撃を受けた。
イリセを見る熱っぽい視線は、彼女が恋に落ちたことを物語っていた。
その後、ソフィアとイリセとよく会っている噂を聞いた。耳打ちする者は心配していたが、俺には不思議と嫉妬心はなかった。
ソフィアは昔からの顔見知りだ。確かに彼女は美しく、優しい。優秀な魔法使いでもある。礼儀を重んじ、会話にも非の打ち所がない。
ただ、どこか冷めた目をすることがあった。同じ目を、俺は鏡で自分の中にも見た。生まれ持った身分のおかげで生かされ、進路が決められている人生への諦めがそうさせていた。
だが、イリセへ向けられたあの表情には、冷めたところは微塵もなかった。俺は嫉妬するどころか、彼女が羨ましくなった。
――そんな風に、情熱を感じられるものは俺にはない。
後日、公務の息抜きに一人庭園へ向かうと、聞き覚えのある声がした。イリセとソフィアだ。とっさに身を隠した。
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