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【5】
一方その頃……
「離してよっ! ねぇ! どこへ連れて行こうって言うのよ!! 離してっ!!」美永がじたばた暴れている。
対する七尾は呆れ顔で「おどれ阿呆やのう……このまま離しても、おどれは情けなく、呆気のう地面に落ちてしまいやで?」と吐き捨てる。
美永が、チラリと下を見る。
街並みが小さく見えた。
そう、連れ去られた美永と、連れ去った七尾と紫貴は今空中を移動しているのだ。
風の上に乗っているような……いや、風に押させれている? 何とも奇妙な感覚で、三人は空中を闊歩している。
「それより兄貴! まだ着かへんの!? その式神の誘導、本当に合ってるんやろなぁ!?」焦る様に七尾が言う。
対する紫貴は……
「合っとるよ……心配せんと、お前はただただ、あの鶴の後ろを走ってってくれたらええねん。現地に到着したら、恐らくその女がおる場合、速攻戦闘になる筈やからなぁ……今の内に休んどき」と、冷静に、落ち着いて答える。
「もう……! 悠長やなぁ! 後ろからさっきのゴーストバスターの奴らが追い掛けて来てるかもしれへんのに……!」
「まぁ、十中八九追い掛けて来てるやろなぁ……いや、十中八九は軽く見過ぎか……百パーセント追い掛けて来てるやろ――この女を助けになぁ?」
この女――美永の事だ。
美永は今、風な物の様な物に手足を縛られ、ほぼ動けない状態だ。
彼女の目の前にいる二人の男女は、彼女の事を雑に扱う――彼女の事を、まるで道具のようにしか扱っていないのだ。
使い捨ての道具のように……
美永は勿論、その事に勘づいており、危機感で身体が震えている、心臓の鼓動が早くなっている。目から涙が溢れそうになるのを必死で堪えている……
――私の事を、道具としか見ていない……悔しい……! 悔しいっ!
――何で……何で私はいつもこうなの!?
拐われてから、ずっとそんな風に歯を噛み締めていた。悔しさで、どうにかなりそうだった。
しかし――
ゴーストバスターの奴ら、という単語を聞いた瞬間――美永の心が落ち着いたのだ。
冥や天地……拐われる直前で出会った、遙と三月の顔を思い出す……そして……
怜の顔を思い出す。
怜の顔を思い出した瞬間……これまで弱みを見せまいと、歯を食い縛り耐えていた筈の涙が……零れ落ちた。
小さな声で……すぐ前方にいる七尾と紫貴にも聞かれない様な小さな声で……美永はこう呟いた……
「護るって言ったんだから、ちゃんと護ってよ……幽野のバカ……」
そう、小さく小さな声で呟いた。
そんな彼女の涙に……紫貴は気付いていたが、彼は何も言わず、何も考えず、視線を再び前方へと戻した。
『拳銃の悪霊』の本体へと誘導する――鶴の折り紙へと……
「悪いけど……ワイらも、切羽詰まっとるんやわ……堪忍しておくれや」紫貴もそう、七尾や美永に聞き取れないよう、小さく、小さく呟いたのだった。
しかし、紫貴のそれは……言葉自体は聞き取れはしなかったが――
「あん? 何て言ったん!? 声が小さ過ぎて聞き取り難かったわ! もっとでっかい声で喋らんかい! で? 何て言うたんや!? 言うてみぃ」
と、小さく呟いたという事実は、七尾に把握されていた様だった。
紫貴は、そんな七尾の顔を見て……
「お前も……可哀想な奴やのぅ……」と、再び、小さな小さな声で、零すように……呟いた。
対する七尾は、それも内容は聞き取れず、何かをまた呟いた事だけは把握していた様子で……
「ああん!? 何て!? せやから声を大きく喋りなはれや! あんたそういうキャラと違うやろが!」
「……そうやなぁ」
七尾の罵声に対して、今度は大きな声で、悲しそうな笑顔を浮かべつつ……紫貴はそう返答したのだった。
「ま、そんな事どーでもええやんか」と、紫貴はすぐ様話を切り替えようとする。
当然ながら、七尾は訝しむが……話の切り替えには意外と賛成的な様子で……
「どーでもいい事なら、呟かんといてーな……阿呆か……出て来たんかと思ったわ――
『拳銃の悪霊』の本体が」
そう、答えたのだった。
七尾――彼女の胸の中には……
『拳銃の悪霊』を討伐する――しか無いのだ。
「ウチらが倒さなあかんねや……何としても……そしたらもう……あいつらに、馬鹿にされる筋合いはないねん……これでもう……」
今度は七尾が、そう呟き終えた……
その時だった――
これ迄リラックスしていた、一番先頭で座っていた紫貴が、立ち上がった。
そして笑う。
「ビンゴやわ、七尾ぉ……」
紫貴は言う。その視線の先は――
これ迄の、少し濁ったような黒い空とは一転――真っ黒な雲……いや、真っ黒なモヤのような物が空を覆い隠すように浮かび上がっていた。
その場所だけ、その街の上だけに……
明らかに不自然だった。
「間違いないわ……」紫貴は確信する。
「間違いなく! あそこに『拳銃の悪霊』がおるでぇ! 七尾!!」
そして七尾は笑う。
「流石兄貴……でかしたのぅ――行くでぇ!」
七尾が扇子を、その闇の街の方へと横に振るう――すると、三人を乗せていた風が、急速にスピードを上げた。
そしてそのまま、『拳銃の悪霊』本体がいると思われる場所へ突入したのだった。
するとその瞬間――
闇の街に足を踏みれた三人の視界を――
大量に現れた拳銃の銃口が、濁したのだった。
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