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『マヒロって、――らしいよ?』
『え、やっぱその噂ってホントなん?』
『わー、マジ? 知らなかった』
『お前、絶対狙われてるから、気をつけろよ』
ゲラゲラと騒がしい部室の入口で、俺は立ち尽くす。
部室にいた全員の視線が俺に集まり、なんともいえない気まずい空気に殺されそうになる。
夏休みも終わりかけたあの日の記憶。
何が起こっているかよくわからなかった。頭の中はぐちゃぐちゃだった。無心でその場から逃げることだけ考えた。
走って、走って、季節すら振り切るように逃げる――。
悪夢から目覚めると、ホテルの部屋の中だった。
ドクドクと心臓が脈打っている。胸を押さえ、大丈夫だ、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
だが、隣に小野がいない。ツインより安いからという口実で選んだダブルベッド。そこにいるのは、俺一人だけ。
さらに胸がざわつく。
シーツに触れると、まだ温かい。慌ててシャワールームをのぞき、バルコニーをたしかめるが、どこにもいない。
汗が冷えたのか、ゾワっとした冷たさを背筋に感じる。
意味もなくきょろきょろと周りを見渡していると、ガチャっと音を立ててドアが開いた。
その方向に全神経が集中する。
「小野!」
「わぁ! マヒロさん、大丈夫ですか!?」
飛びついた衝撃で、小野はよろける。
「あの、とりあえず水たくさん買ってきました。寝苦しそうだったので、心配で……」
そう言って重そうなビニール袋をテーブルに置くと、ただ事じゃない何かを感じ取ったのか、ふわっと包み込むように抱きしめてくれた。
「……っ」
悔しいが、たったそれだけで心臓はいつものリズムを探し始める。
「……そばにいればよかったですね。出て行っちゃって、すみませんでした」
「……、いや、お前は、悪くねーだろ」
小野は心底申し訳なさそうに謝る。そんな必要全くないのに、どこまで優しい奴なんだ。
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