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「あの、……俺は、好きな人の力になりたいんです」
「……」
真っ直ぐな言葉に、心がスっと癒えていくのがわかる。ずっしりとした鉛が、海の底から浮かび上がって風船のように空へ飛んでいくみたいだ。
俺は、この言葉をずっと聞きたかったのかもしれない。
俺たちの関係は、本当に文字通りことの成り行きだった。
話の流れで互いの性的指向を打ち明けた時、「付き合ってみる?」と俺から提案した。冗談だよ、と相手の反応によっては言い訳できるくらいの軽さを保って、でも、あわよくばなんて下心も確かにあった。
「はい、いいッスよ」
と、さらに軽いノリで返され、小野はバイトの後輩から恋人になった。
何の努力もなく簡単にできてしまった初めての恋人。その関係は、吹けば飛んでいく綿埃よりも軽かった。
そう思っていた。
気づけば顔の力みも和らぎ、いくらか冷静さも取り戻していた。
夏の終わりから、本当に逃げられたのだろうか。
だとしたら、逃げた先には何があったのだろうか。
わからない。
わからないけど、怖くはなかった。
しばらくすると、呼吸もほとんど落ち着いてきた。気分も悪くはない。
だが、小野の着ているシャツを湿らせてしまい、申し訳なさが残る。すごく気に入ったと言って初日に買ったバティックの渋い柄シャツだ。
なのに奴は何も聞かない。いつもうるさいくらいに干渉してくるくせに、こういう時だけ大人ぶりやがる。
「……え、ちょ、マヒロさ、汚っ!」
ムカついたので、そのシャツで思い切り鼻をかんでやった。
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