思い出ばかりが美しく

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「私は夏が好きなんだよね」 ──浮き立つ声色は夏の陽光に相応しい煌めきをまとい、彼女の笑みをより一層魅力的に惹き立てていた。快活な笑顔も、柔らかい声も、ときおり少し自信なさげに丸くなる背中も。すべてが輝いて見えた。 俺は彼女が大好きだった。私欲をまるごとかなぐり捨てて、彼女の幸せのために生きることを心に誓った。 彼女が幸せであればいい、他には何も望まないと。 そんな幸せのさなか、ある日のこと。……その日はとてもよく覚えている、とにかく暑い日だった。俺と彼女は少し足を伸ばして地元で評判の向日葵畑に行った。 「ほら見て、向日葵!すっごく綺麗!」 「──そうだな」 「ねえねえ、ちょっとカメラを持っててよ」 「はぁ?なんでまた」 ああ、視界一面に広がる黄色が眩しい。弾けるような笑顔も相まって、大輪の向日葵に囲まれる彼女がとても美しく見えた。親指と人差し指でカメラを構えるポーズを模す彼女の行動により、俺はその意図を悟る。 彼女の輝きを、切り撮って収めよう。 「──」 俺は迷い無く、そして前置きもなく写真を撮った。 「えっ、待っ」 彼女は先程までの笑顔が嘘のように狼狽すると、俺に駆け寄って撮れた写真を確認しようとする。届かぬ位置までカメラを掲げてみせると分かりやすく不満を顕にした。形のいい眉を寄せて、動揺もあらわに朱の差した頬に手を当てている。彼女の方が歳上のはずなのだが、なんとも大人げない。そこがまた人の目を惹き付けるのだろうが。 「なんで撮る前に言わないの!」 「え?前置きをしろって言われなかったから」 「ああ言えばこう言うなぁ、本当に!」 ──もちろん、写真の撮り直しは利く。だが俺はその一枚を削除することなくカメラの電源を切って上着のポケットへとねじ込んだ。すかさず伸びてくる手首を掴むとその場に背を向けて歩き出す。 「もう帰るの?」 「まあ。帰りにアイスを食いたい」 「唐突だね、まあいいけど!私もお腹が空いたし!」 ふ、と。手首を引く手に抵抗を感じて振り返る。 「ねえ」 「ん?どうした」 「また来年も、こうして写真を撮りに来よう!」 ──そう言った彼女は、夏の残像を宿した一枚のなかで今も静かに笑っている。隣に並んで背を競っていた向日葵は、頭を垂れて二度とその顔をこちらに見せることはない。 俺は写真を握り締めて、小さく呟いた。 「──嘘だって言ってくれよ、ねえさん」 夏が終わる。夏とあなたは、俺を置いていった。
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