卒業式の後

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卒業式の後

人々が賑わうレストランに、春佳は友達二人と共に飲み物入りのグラスを鳴らした。 「卒業おめでとう!」 春佳が二人に声をかけるとグラスのオレンジジュースを飲んだ。 「遂に卒業かぁ」 コーラを一気飲みした弥生はしみじみと語る。 「これで三人揃うのも最後だと思うと寂しいな」 薫は薄っすらと涙を浮かべる。 春佳は進学の関係で四日後に引っ越すため、四月から二人に会うことは無い。 「何言ってるのよ、明日また会えるじゃない」 春佳は言った。 明日は三人でちょっとした旅行を計画していた。 「そうだけど……」 「なーくなよ~薫! 明日素敵な思い出を沢山作ろうよ!」 涙ぐむ薫を弥生が励ました。 卒業式の時にも泣いていた薫を、弥生が慰めていたことを春佳は記憶している。 二人は同じ高校に進学するが、大丈夫そうだ。 「そうだよね……」 「気持ちは分かるけどね、私もちょっと寂しいんだ」 弥生の声には悲しさが含まれていた。 卒業が悲しくないというと、嘘にはなる。 弥生と薫、そして今はいない友達とも離れるからだ。 弥生の励ましに、平静を戻した薫は少し笑った。 「そうよね、明日は楽しい日にしようね」 薫は言った。 弥生は「ところでさ」と春佳の顔を見る。 「すみれと仲直りした?」 弥生の質問に、春佳は困惑した。 すみれとは春佳の友達で些細なことで喧嘩となり、それ以来口をきいていない。 もしすみれとも仲が良ければ、この場には四人集まっていただろう。 春佳はオレンジジュースを口に含んだ。 「仲直りしてたら連れて来てるでしょう」 「それもそうよね」 薫の突っ込みに、弥生は納得した。 「関係を修復しないの? このままお別れなんて寂しいじゃない」 弥生の言葉が、春佳の心を刺した。 仲直りしようと今日までタイミングを見計らってきたが、お互い受験で忙しく、今日に至るまで声をかけられなかった。 「したいと思ったけど……あんな言われ方したら頭に来るわよ」 春佳はグラスを強く握る。 すみれとのやり取りを思い出し、収まっていた怒りが湧いてきた。 「すみれも反省してると思うよ、受験も近かったから苛ついていたんだよ」 弥生は宥めるように言った。 すみれはレベルの高い高校に進学するので、プレッシャーがあったのだろう。 弥生の意見も一理はある。 それでも…… 「気持ちは嬉しいけど、もういいんだ」 春佳は言った。 すみれとの関係を元に戻すのは難しい。 すみれは春佳に「大嫌い」と言い放ったたからだ。 「言っておくけど、明日すみれを連れてくるなんていうのは無しだからね」 春佳は念を押した。 お節介焼きな弥生ならやりかねない。 当の弥生は納得しない表情だった。 気まずい空気が流れ、春佳は運ばれてきたフライドポテトを放り込み、ジュースと共に流し込んだ。 「春佳ちゃん」 空気を破る形で薫はバッグの中から小包を出した。 「これは?」 「一足先の高校進学祝いよ、気にいるといいな」 薫は言った。 春佳はおしぼりで手を拭き薫から小包をそっと受け取った。 「有り難う薫」 春佳は礼を言った。 薫の趣味からして、幸運を呼ぶお守りやアクセサリーなどだろう。 誕生日プレゼントには四つ葉のクローバーや可愛いフクロウを貰ったからだ。 人の幸せを願う薫らしい品物がこの小包に入っているに違いない。 「家で開けてね、汚すといけないから」 「分かったよ」 春佳は返した。 「あたしのは~?」 「入学してからね」 弥生が自分に指を指して訊くと、薫はさらりと返答した。 「彼氏ができて、テストもオール一位になれるお守りをお願い!」 彼氏という単語に、春佳はどきっとした。 すみれにも付き合っている相手がいるからだ。 「欲張りすぎ!」 二人のやり取りを見て、春佳は微笑む。 いつもある光景を見られて心が暖かくなったからだ。 最後まで穏やかな気持ちで別れられたらなと思った。 その日の夜、夕食を済ませた春佳は自室で薫から貰った小包を開けた。 「わぁ……」 春佳は思わず声をあげる。 虹色に輝く宝石が現れたからだ。 宝石には短い金色のチェーンが施されており、鞄に付けられそうだ。 「綺麗……」 春佳は宝石を手に持った。 春佳には石の価値は分からないが、高そうに見える。 無論、お金ではなく友達の気持ちの方が 大事だが…… 小包の中に同封されている紙を片手で開くと、こう書かれていた。 『この宝石には幸運を呼ぶ精霊・ココが宿っています 叶えたい願いがある場合は宝石に念じてください なお、人の不幸を願うとココは機嫌を損ねて叶いません』 文を読み終えると春佳はほくそ笑む。 薫らしいロマンティックな贈り物だなと思ったからだ。 春佳は精霊など目に見えない物を信じない主義だ。幽霊やUFOなども人間が作り出した物だと考えている。 薫に話したら夢がないと言われそうだが。 「折角なんだしやってみるか」 春佳は宝石を額に当てた。 半信半疑だが、薫がくれた物なので試さない訳にもいかなかった。 そして目を閉じて念じた。 "すみれと仲直りできますように"と 難しいことかもしれないが、できたら良いに越したことはない。 すみれは春佳が小学生の時からの付き合いで、休日でも会うほど仲が良かった。 中学に入学してから弥生と薫が加わり、賑やかかつ充実した日々が続いた。 元気な弥生、ロマンチストな薫、気配りができるすみれ、性格は違うけど一緒にいて楽しかった。 しかし受験生になった頃から、すみれの様子は日に日に変わっていった。休み時間でも勉強に励み、春佳達ともほとんど話さなくなり、登下校も別になった。 このままではいけないと感じた春佳はすみれと二人きりで話した。勉強ばかりやらずに友達を大切にして欲しいと。 だが、すみれは春佳を睨み付けてこう言った。 「私には時間があまりないの、最低限の付き合いはしてるし春佳が口を出すことじゃないでしょう?」 「でも、弥生や薫は心配してるんだよ、休み時間も勉強勉強で気分転換してないんじゃないかって」 「大きなお世話だわ」 すみれは声を荒げた。 いつものすみれなら絶対に言わない事だが、受験のストレスはすみれの精神を蝕んでいるようだった。 「そういう言い方ってないんじゃない?」 春佳もついムキになり怒りを滲ませた。 「受験を言い訳にして、友達を放りっぱなしにするなんてどうかしてるわ! レベルの高い高校がそんなに大事な訳?」 「そう言うけどね、今の世の中は頭が良くなければ就職もままならないのよ」 「優秀な成績を取ることが全てじゃないでしょ!」 二人の意見は明らかに対立していた。 成績に執着するすみれに、人間関係を大切にしたい春佳。 お互い一歩も譲らなかった。 「あんたのそういう所鬱陶しくて大嫌いよ、弥生や薫とも高校に進学すれば別々になるかもしれないでしょ?」 冷たい言い方に春佳の堪忍袋の緒が切れた。 「私も大嫌いよ! 高校でも何処でも行っちゃえ!」 春佳は廊下に響き渡る叫び声を上げた。 苦々しい記憶を引き剥がす形で、春佳はゆっくりと目を開ける。 念じている間、すみれとの口論を思い出し胸が痛んだ。 「何であんな事言ったんだろう、すみれも大変だったのに」 春佳は呟いた。 弥生の言うとおりすみれも余裕が無かったのだ。学校だけでなく塾にも通い勉強していたのだ。 相当な緊迫状態だったはずだ。 友達としてすみれの気持ちを考慮しなければならなかった。終わったことだと分かっていてもつい考えてしまう。 悲しみを紛らわすように春佳は宝石を眺めたが、特に変化はない。 「まあ、おまじないグッズはあくまで気休めよね、自分で努力しなければいけないよね」 春佳は宝石を机にそっと置き、明かりを消してベッドに横になる。 明日は早いのでゆっくり休みたかった。 直接謝罪する勇気もないので手紙を綴ろうと春佳は考えた。許してくれるかは別として何もしないよりはましだろう。 「明日、楽しいといいな」 春佳は言うと眠るために瞼を閉じた。
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