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不思議な空間
声がきっかけで、春佳は目を覚ますことになった。
突然眠りを破られたためまぶたが重く力まないと開けていられない。
ぼんやりとした視界には複数の輝きが広がっていた。
「え……?」
普通では考えられない状況に春佳の眠気は吹き飛んだ。
今まで家の布団にいたのに、別の場所にいるからだ。
よくよく周囲を見ると、更にあり得ない。星空が広がっていて足元がない。
「夢だよね?」
春佳は自分を落ち着かせるように言った。
布団に入りそれからの記憶がない。
なので自分がいる場合は夢の世界という可能性が高い。
「夢は夢でも~ココの世界なんだよ~♪」
さっき聞いた声が、春佳のすぐ近くに来ていた。
春佳は声がした方を向くと、ウェーブのかかった金髪に、緑色の目の少女が春佳の前に立っていた。
フリルのついた桃色のスカートが、何処かの令嬢を彷彿とさせる。
「あ……あなたは?」
戸惑いながらも春佳は少女に訊ねた。
少女はくるくると体を回転しながら口を動かした。
「わたしの名前は~ココだよ~きみたち人間の世界では幸運の精霊呼ばれているの~♪」
少女は歌を交えて自己紹介をした。
ココは宝石の説明書にあった「幸運の精霊」とあるが、春佳の前にいる少女が幸運の精霊というのだろうか。
「精霊って……本当にいるの?」
春佳は少女に問いかける。
少女は体を動かすのをやめて、春佳の元に駆け寄った。
「よく言われるんだよね、目に見えない物を信じない人間には、でもねいるんだよ~人を幸せにする精霊は
病気や怪我を治したり、片想いの恋を実らせたり、難しい課題を克服したり
みんな精霊が力を与えているからなの~」
「そう……なんだ……」
「きみの前にココが現れたのも、きみの願いを叶えるためなんだ~
そういえば名前は? 聞いてなかったな~」
「春佳よ」
テンションの高い少女にもといココに訊ねられ、春佳は自分の名前を言った。
「ハルカか……いい名前だね」
ココは春佳の両手を握り、体を上下に飛び上がらせた。
「宜しく! 仲良くしようね!」
春佳はココに無理やり連れられ、宇宙空間からココが過ごす部屋に来ていた。
天盖ベッド、フリルの付いたクッション、アンティークランプなど、春佳の部屋とは対照的にいかにも女の子が好きそうな部屋である。
春佳は薔薇の猫脚テーブルの前に腰を下ろしていた。
ココはお茶を入れてくると言い、部屋を出ていったため、今は春佳一人である。
ココいわく願いを叶える人にはお茶を振る舞うのだそうだ。
春佳の思考はついていけなかった。星空の中にいたと思えば、いきなり部屋に来るなど考えられないからだ。
「夢ならしょうがないよね……」
春佳は言った。
これは春佳が作り出した夢なら現実では説明できないことでも筋が通る。
「ココは弥生と仲良くなれそう」
ココの会話からして、明るく楽しそうで弥生と合いそうだ。
「お待たせ~♪」
閉じていた扉が開き、ココが薔薇のトレイに二つのカップとティーポットを乗せて現れた。
ココはカップを春佳の前に置き、お茶を注いだ。
いい香りがして、心が落ち着いた。
「どうぞ~」
「あ……じゃあ頂くわ」
ココに勧められるがままに、春佳は紅茶を口に含む。
春佳は紅茶の味に驚いた。
紅茶特有の渋味がなく、すっきりとした味わいで飲みやすいからだ。
「美味しい」
「でしょ~? ハルカに合わせてレモンバームにしたよ~」
「レモンバーム?」
春佳は首を傾げる。
紅茶はどこのスーパーにでも売っているティーバックで済ませているため、紅茶の種類は詳しく知らない。
「レモンバームには不安や緊張を落ち着かせる作用があるの、ハルカは友達の事で精神的に落ち着かないかなと思ったの」
ココの気遣いに、春佳は有り難みを感じた。
すみれと仲直りできなかったことで精神が落ち着かなかったからだ。
「ちなみに紅茶には色んな種類があって、願いによって変えてるんだ~
胃の調子が悪い人にはペパーミント、疲れている人にはアルファルファとかね
ハルカのように人間関係で悩む人にはレモンバームやマジョラムを用意するの~」
話からして、ココは紅茶の種類に詳しそうだ。
「そ……そうなんだ。ちなみに紅茶が苦手な人がいたらどうするの?」
春佳は疑問を口にした。
元に弥生がお茶系が駄目で、紅茶や緑茶は一切飲まない。
レストランでも薫がウーロン茶を飲んでいるのを見て羨ましがっていた。
「大丈夫だよ、その人に合わせるから、だってココは念じた人の思考が読めるから~」
ココは自信あり気に語った。
ココは春佳の目の前に座り、春佳を見据えた。
「そろそろ本題に入るね、ココはハルカの願いを叶えるためにいるの
ハルカの願いは友達と仲直りしたいで良いのよね」
ココの問いかけに、春佳は黙って頷く。
「じゃあソツギョウシキの前日に時間を戻すことにするけど構わないかな」
「そんな事ができるの?」
春佳は驚愕した。
時間を戻すなど神業に等しいからだ。
ココは胸に手を当てる。
「ココに出来ないことはないよ! たださ……」
ココは疑うような目で、春佳を見る。
「本当に願いは仲直りだけ?」
「な……何がよ」
「ココには見えちゃったの、ハルカの友達だけでなく、男の子も
ハルカはその男の子のことが好きなんだよね」
ココの話に、春佳は言葉を失う。
念じると相手の考えが読めるというココには隠し事ができないと感じた。
春佳は軽くため息を吐いて、正直に話そうと思った。
「清和くんよ、私の友達の彼氏」
春佳は淀みなく言った。
清和はすみれと付き合っている恋人で、好きになったきっかけは中学二年の時に帰り道で春佳が熱を出して動けなくなっていた所に清和が介抱してくれた事だった。
彼の優しい言動が、春佳に好意を抱かせたのだ。
その後、清和はすみれと付き合うことになり、卒業式に至る今まで好意を伝えることができなかったのだ。
「キヨカズくんとも仲良くなりたいの?」
「違うよ、流石にそんな事できないわ」
幾ら喧嘩したと言っても友達だったので、人の相手を奪うことなどできない。
すみれの幸せそうな表情を見ているので尚更だ。
「私は単に清和くんに気持ちを伝えたいだけよ、あっでも無理ならいいの
あくまですみれとの仲直りが優先だから……」
「できるよ」
「えっ」
嬉しい提案に、春佳は声を上げた。
「ただしその場合はスミレかキヨカズくんとのどちらかを選ばなければならないの、両方は選べない」
「どうして?」
「仮にハルカがキヨカズくんに気持ちを伝えたとするね
もしかしてらキヨカズくんはハルカのことが好きでスミレと別れるから付き合って欲しいと言い出すかもしれない」
あって欲しいようで、あまり嬉しくない想像だ。
今気づいたが、ココの砕けた口調はなくなり真剣なものになっていた。
「まさかそんな事……」
「その場合、スミレとハルカの関係は修復できないほどに破綻するわね」
破綻という言葉に、春佳は息を飲んだ。
人の彼氏を横取りするのだから、すみれには恨まれるだろう。
逆にすみれと仲直りして、清和に気持ちを伝えるというのもやめた方が良さそうだ。
「じゃあもし清和くんとの告白が上手くいかなかった場合はどうなるの?」
「ハルカが落ち込んで、仲直りどころじゃなくなる」
ココの意見は否定できなかった。
フラれるのは確かに堪えそうだ。例え相手がいたとしてもだ。
すみれとの仲直りか、清和への告白か、どちらにするかは慎重に選ばなければならない。
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