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一章〜神の悪行
「青木!お前ぇ!何だよコレは!」
とある小さな工場の中で怒号が響いた。
小さな工場だが、ドリルで穴を開ける作業の音や定格荷重4トンはあるであろう天井クレーンの稼動音が鳴り響き、作業員達の話し声やクレーン玉掛け作業の笛の音も鳴り響いて活気が溢れている。
季節は初夏で気温が上がり始め、作業員は皆汗だくだ。
しかし一心不乱に作業していて、手を止める事はない。
それほど活気あふれる工場内で誰しも振り向くような通る声を発したのは原田雄也(ハラダユウヤ)だ。
紺色の作業服を身にまとい、赤茶色のヘルメットを着用し、左上腕には輝く橙色の腕章が巻かれている。
その腕章には「組立施工係 係長」と役職名が黒字で記載されている。
年齢は四十代前半で白髪が少し目立つ薄い頭髪、一重で鋭い目つき、薄い唇、なで肩で猫背、その出で立ちでポケットに手を突っ込んで小腹が出ているのにも関わらず更に腰を突き出している。
その様はまるでチンピラそのものだ。
身長は170cm程度だが、態度の大きさが手伝ってか、大きく見えてしまう。
その迫力満点の原田に呼ばれたのは、青木武宏(アオキタケヒロ)だ。
やはりヘルメット、服装は原田と同じだが
腕章は巻かれていない。
年齢は二十代前半、髪は黒く飾り気のない真ん中分けでやや長め、目つきはかなり鋭いが眉が太く、唇も太めな為にまったりとした印象を受ける。
身長は180cm近いが痩せていること、そして猫背と自信なさげなその雰囲気から原田とは違い、実際の身長よりも小さく見える。
青木はドリルでの作業を中断し、おどおどしながら原田の元へと駆け寄った。
「は、原田さん、なんでしょう?」
「お前の穴、こんなズレてんじゃねぇか!林がボルト入らねぇって騒いでんぞ!!また製品歩留り落ちんじゃねぇか!なんの為に設計屋が居るんだよ!!設計屋がケガいた通りやれよ!!おめぇは!!」
青木が原田の元へたどり着く前に原田は怒鳴り声を放った。
その原田の後ろで作業をしていた林も、自分の名前が出て驚いたのか手を止めて額の汗を拭った。
青木は足を速めて原田の近くまで行き、頭を深く下げた。
「原田さん!す、すいません…は、林ぃ…ご、ごめんな…。」
「あ、いえ、大丈…」
「おい!青木!迷惑かけといてタメ口で謝罪かよ!いい身分だな!」
「…。」
『いつものくだりだ。林だってそんな大騒ぎしない奴だって事くらい分かってる。ここで林に思い切り謝れば原田のヤロウは満足するんだ。どうせ原田は歳下の林に俺が謝るところを見たいだけだろ。』
「無視かよ。青木。」
間を置いた青木に対して気を悪くしたのか原田は顎を突き出し青木の顔を下から覗き込んだ。
「林…迷惑をかけてすいませんでした…。原田さんもすいませんでした…。」
青木は林の方を向いて頭を深く下げた後、原田の方を向き直し、頭を下げた。
林が焦った様子で手を差し出しながら青木に何かを言おうとしたがそれを原田が遮った。
「恥ずかしくねぇのか?三つも歳下の奴に文句言われてよ。」
「俺は何も…」
林は否定しようとしたが更に原田は被せてくる。
「無視か?」
「い、いえ…恥ずかしいことだと思い…ます…。」
青木は下を向いた。
「じゃあちゃんとやれよ!ちゃんとできねぇのか!?」
「…。」
『ちゃんとできないわけじゃない…。林が少し調整すりゃちゃんとボルト入るし…俺じゃなくても林じゃなくてもそうやって調整してるじゃないか…製品落ちさせる意味が分かんないな…。』
「都合が悪くなると無視か?」
「いえ…ちゃんとやります…。」
「お前プライド無いの?」
「あ、あり…ます…。」
青木はこの流れの結末は把握済みだ。
いつも通りすぎる流れだ。
「プライドがあるのか」の問いに「ある」と答えれば、「そんな仕事のクォリティでプライドなんて持ってんの?」と返してくる。
「ない」と答えれば「自分の仕事にプライドが無いとか舐めてんの?」と返してくるがその後が長い。
十分以上はひたすら中身の無い説教を聞くはめになる。
ならば「ある」と答えた方が、馬鹿にされるが早く終わる。
だから青木はいつも通りの問いにいつも通り答えた。
「そんな仕事のクォリティでプライドなんて持ってんの?ハハハ!馬鹿じゃね!?早く仕事戻れ!プライド持ってやれよ!?ハハハ!」
「…はい…。」
『毎回同じくだりか…ボケてんのかこいつ。』
青木はハァと深いため息をついてから持ち場へ戻った。
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