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青木が勤め先はかなり大きな事業所のようだ。
違う会社名が入った色が違う作業服を着た作業員がたくさんいる広い社員食堂で青木は昼食を取っていた。
あれだけ皆の前で貶められ、罵倒されたのだ。
気持ち的に食事を取る気にすらならないのだが、無理矢理にでも腹に何かを入れておかないと午後から終業時間まで体が保たない。
青木は青葱がまばらに入った素うどんを力無くすすった。
こういった事業所内の社員食堂だ。
質を追求してはならないことくらい青木にも分かる。
『旨くも不味くもない。ただ腹を満たすだけだな。』
「あぁ、居た。青木さん!」
「お、林…。遅いね。今から飯?」
林は丼が乗ったトレーを両手で持って青木の後ろに立っていた。
振り向いた青木の顔を確認すると林は隣に座った。
「そうです。あの後原田がひたすら話しかけてきて全然仕事進まなくて…。うるせぇ奴ですね、原田。」
林は二十歳の若者だ。
すらりとした長身で髪の色もやや茶色い。
ただ顔つきは優しく、険が無い。
そんな林は原田から期待されているのかよく話しかけられているのだ。
「まぁしょうがないよ。」
青木は当たり障りない事を言った。
「自分が話しかけてきてこっちが相手してて仕事が遅れたら僕らのせいにすんのホント迷惑ですよ。」
「ハハハ…期待されているんだよ、林は。」
青木は林の愚痴を聞く余裕は無い。
だが同じ自分と同じ原田の被害者として話を聞いてあげなければ気の毒だ。
まともな返答はしてあげることはできないがせめて吐き出すことさえできればと青木は考えていた。
「フン…。そんなもんですかね…。ったく…昼飯まで遅くなっちゃいましまたよ。」
「まぁ遅くなったっていってもまだ時間あるんだから喉詰まらせないようにして食えよ?」
「ふぁ…い…。」
林は咀嚼しながら返事をして蕎麦をすすった。
青木は立ち上がり、右腕でトレーを持つと左手で林の左肩を軽く二回叩いた。
「お先にな、期待のエース。」
そういうと青木はフンと力無く笑った。
「ムグ…ふぁい…エースじゃないけど…また後ほど…。」
林は振り返り一言添えてまた蕎麦をすすり始めた。
青木は食器を返却すると食堂を出た。
工場内は暑い。
外の方がまだ涼しいのだ。
青木は外のベンチに座り、まだベタつきの無い風を浴びた。
「もう二週間くらいしたら手が付けられないくらい暑くなんだろうな。暑いし、原田はウザいし、もう本当にいいこと無いな。」
青木はベンチの背もたれに背中を預けて、天を仰いだ。
その時、なぜか青木の心の中で青い空とは対極をなす赤黒い感情が湧き起こった。
「あぁいう奴に…銃口を向けたらどんな反応するんだろうな…。絶対に歯向かってこないって思ってる人間がさ、リアルに銃口向けて…膝でも一発撃ち抜いたらどう反応すんだろ…。」
青木は自分の発言に驚いた表情を浮かべた。
生まれてから今までここまで暴力的な考えをした事がなかったからだ。
だが、不思議とその考えは止まらずに加速していく。
「銃なんてな…ハハ…冷静に考えれば所持できる訳ないな…ならせめてさ、原田をボコボコにしても罪に問われないって世界だったらいいなって思うよ…。」
青木は想像した。
凄んできた原田の胸ぐらを両手で掴み上げ、そのまま地面へ投げ付ける。
そして仰向けに倒れた原田の胸元に座り、顔面が潰れるほど原田を殴りつける。
許しを請う原田を無視してひたすら殴りつけ、やがて原田は動かなくなるのを確認する。
青木はそのまま立ち上がり、右足で思い切り原田の潰れた顔面を踏みつけ、完全に殺そうとしている。
「ぐしゅぅ…フギギィ…」という小さな悲鳴のようなものを発した原田は、大きく体をのけ反らせてそのまま二度と動かなくなるのを想像した。
「何を…!考えてやがる…んだ俺は…。」
青木は正気を取り戻したかのように、天を仰いでいた姿勢を元に戻し、そして下を向いた。
何度か深呼吸をした青木は静かに顔上げて正面を見据えた。
「ふぅ…こんなんで…原田のせいで…人生棒に振るくらいなら転職でもするさ…。冗談じゃない…。」
青木はベンチから立ち上がり、両手で両頬を二回強めに叩くと重い足取りで仕事場へ戻っていった。
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