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とある土曜日の朝、青木は自身の狭いアパートの部屋で布団から起き上がれずにいた。
畳敷きの部屋が二部屋、後は狭いダイニングキッチンとユニットバスというなんとも質素な作りだ。
青木の勤め先はしっかりとした週休二日制だ。
祝日は関係なく仕事だが、よほどの突貫工事でもない限りしっかりと土曜日、日曜日は休むことができる。
しかし、原田が係長に昇進して約一年半、ほぼ毎日意味不明な因縁を付けられ、嫌味を言われ、長時間に渡る説教をされ続けてきた。
心と精神は既に壊れかけていることくらい青木自身も理解していたが、肉体的な影響が顕著に現れたのはこの日が初めてだった。
「う、動かない…か、体が…あ、あれ?な、なんで?」
青木は酒はやらない。
だから飲み過ぎということはないはずだ。
体中に巨大な鎖を巻き付けられたかのように動くことができない。
青木は無理矢理体を起こそうとはせずに、休日を利用してこのまま寝てしまおうと冷静に判断した。
「はぁ…いいんだ。このまま寝ちまうか…。今日は原田の説教聞かなくていいんだしな…」
青木は目を閉じた
黒い視界が渦を巻いているのが分かる。
「ハァハァ…き、気持ち悪い…。くっ…クソ…。」
渦巻く視界に酔っているのか、胃が締め付けられるような感覚が青木を襲った。
「き、きゅ、救急…車…を…。」
青木は枕元にあるスマートフォンを手に取ろうとするが体が動かない。
更に閉じた目が開かないという現象が青木に追い打ちをかけた。
「た、た…助けてくれぇ!!だ、誰かぁ!!」
幸いにも口と発声器官は機能している。
このまま体を動かせず、視界も無いまま回復を待つなど恐怖でしかない。
恥も外聞もない。
青木は思い切り叫んだ。
土曜日の朝だ。
誰かが自分の異変に気が付いてくれる、そう期待を込めてもう一度青木は叫ぼうとした。
「助け…!ハガぁ!グフゥ!!カッ!」
遂に声も出せなくなってしまった。
そして段々と息をするのが辛くなってきた。
青木はすでに引いていた血の気が更に引いていくのを感じ「死」を意識し始めた。
『絶望…今まで散々絶望なんて言葉使ってきたけど…これが本当に絶望ってやつだ…原田にぼろくそに言われてたくらいで何が絶望だ…これが本当の絶望だ…こ、このまま息が止まり…そしてテレビが消えるみたいに…意識が…』
青木はどうすることもできないまま絶望に身を任せた。
『く、苦しい!息が…い、息が…息がぁ!こ、こんなの無いよ!お母さんにも父さんにも…何の恩返しもしてない!せめて一言!せめて一言だけでも!』
青木の絶望はやがて、自分の身に突然舞い降りたこの状況に対しての怒りへと変わっていく。
『最悪だ…冴えない学生時代を送り…高校出て社会人として生きていこうって…でも原田が居て…でも…お母さんも父さんもここに就職したことを凄い喜んでくれた…だから辞めれなくて!でも辞めたくて!でも辞めれなくて!!いくらなんでも酷いだろ…いくら青木武宏だからって!!いくら青木武宏だからって!!!!このまま死ねってぇのかぁぁぁ!!!!呪ってやるっ!!呪ってやるぞ…。小学校ん時の寄本…池田…!よくも六年間みっちりと虐めてくれたな…中学校ん時もだ!寄本…池田…そして中川!!高校ん時の根本!平池!!そして…お前だ…原田…。』
青木は首を締められるようにして細くなっていく息の中で呪いを宣言した。
『お前ら…お前ら全員!!!!呪って呪って呪い殺してやるっ!!!!末代まで!!!お前らの血が滅ぶまで!!いや!この世が終わるまで!!!!いいや!違う!!!!永遠にだ!!!!』
「く、か…ヒュー…ヒュ…」
青木の黒い視界で小さく横に閃光が走ると、黒と認識される事すら不可能な闇が広がった。
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