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深い闇に落ちていくのは思いの外苦しみは無かった。
死の時、眠るようにと比喩することがあるがまさにそれだった。
あれほど激しい感情に揺さぶられていながら眠りに入る時は静かなものだ。
実際に末代まで呪うというのは眠りすら勝てないほどの恨みと怒り、怨念が必要なのだろう。
実質不可能なことだ。
それを成し遂げてしまうというのはやはり究極の恨みを持つ怨霊でしかないのだろう。
青木の怨念はその程度のものなのだろう。
「…?」
青木は通常の眠りから覚めるように目を開けた。
『い、息ができる…え?できてる?は?目が開いて…目ぇ開かなかったよな…?何だ?何だよ…ゆ、夢?…いや…んなわけあるか。実際すんごい苦しかったし…』
息を止めていて、再度息をする時には息が荒くなるものだが、青木の呼吸は恐ろしく落ち着いている。
「夢なはずは…は?ん?え?声…も…出…」
青木は思ったことがポロリと口に出た。
声が出ることにも青木は驚いた。
「俺は…夢…見てた…?ってことでいいのか?」
青木はふぅと大きく息を吐いた。
そしてくっくっと小さく肩を揺すりながら小さく笑った。
「そうかそうか…分かったよ、分かった。こんな夢を見るほど俺はストレスまみれっつうことかよ。でも…。」
大人になれば自分だけの問題で終わらないものがあるんだ、青木はそう口にしようとしたがそれをぐっと堪えた。
「これは…自分の責任だ…。他のせいにしちゃだめなんだよ。他のせいにするのが一番楽だけど、…一番しちゃだめなことだ。責任…大人には責任があるんだ…。」
青木はわなわなと震えながら自分の右の手のひらを見つめた。
青木はこの会社の新人として入社した時、新人の研修会で感銘を受けた言葉がある。
「他人に責任を押し付けるな。人のせいにするな。これは責任ある社会人として絶対にしてはならぬことだ。でもなぜ皆そうしたがるか分かるか?それが一番楽で、それが一番物事が解決したように見せかけられるからだ。
たった一人の他人という存在に全てを押し付けるだけで全て平和に解決したように見せかけられるからだ。
しかし、それをやり続ければ必ず自分の元へ返ってくる。
だから他人に責任を押し付けたり、人のせいにしちゃだめなんだ」
一人っ子で大事に育てられ、守られて、穏やかな人間として成長してきた青木にとってこの言葉は衝撃だった。
その衝撃の大きさから青木は少し曲がった解釈をしてしまったのである。
自分がいじめを受け続け、大変な思いをしたのは自分のせいだ、と考えるようになったのである。
そしてこの言葉を放った男こそ、現在青木にいじめを加えている当時主任という立場であった原田である。
青木が原田に逆らえないのはある種の洗脳状態になっているからなのかもしれない。
「責任を取る…今の俺に対して、俺が責任を取る…。どうやって…どうやって…え?」
青木は突然自分の右手に目をやった。
見飽きたほどの自分の右手がいつもと違うことに気が付いたのだ。
「な、何…?」
青木は右手の人差し指に視線を移した。
青木の右手の人差し指先端が1cmほどの穴がぽっかりと開いたように黒くなっている。
影のような薄さではなく、真っ黒な物質がそこに存在しているかのような状態だ。
そしてそれをよく見るとその黒い部分ががくるくるとゆっくり渦巻いているのが見て取れた。
目を閉じた時に、その暗闇の中で視界が渦巻いていた事を青木は思い出した。
あの視界にそっくりだ。
真っ黒なのに渦を巻いているのが分かる。
実に不思議で不気味なものだ。
「…。」
小心者の青木は一度生唾を飲み込むと、息を潜めてもう一度よく右手の人差し指を見つめた。
息を潜めて静かになった状態で、右手の人差し指先端に突然現れた黒い渦巻く穴を見つめると、そこからシュー、シューと渦の回転に合わせて音が聞こえてくる。
「な、な、何これ…。」
青木は薄い掛け布団を左手ではぐった。
そして布団の横にある天板がガラス製の小さなテーブルに目をやった。
「こ、こ…これは…。」
青木はがたがたと震えながら身を捩り、右手人差し指の先端をゆっくりとテーブルの天板に近づけた。
テーブルの天板に触れるか、触れないかのその瞬間に強烈な音が響いた。
バッツン!!!!バシィッ!!
ガラス製の天板が爆発したように粉々になり弾け飛んだ。
青木はあまりの衝撃にのけ反り、声を出すこともできなかった。
テーブルに使用する程度のガラスだ。
それなりの強度と、厚みがある。
それが爆弾でも炸裂したかのように一気に粉々になったのだ。
「ハァハァ…な、何だよ…何だってんだよ!」
青木はその場に立ち上がり、いまだシューシューと異音を響かせている右手を見つめた。
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