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青木は先刻とは比較にならないほど、がたがたと大きく震えた。
そして青木は涙を流しながら小学生の頃を思い出した。
1945年8月6日、広島へ原子爆弾が投下されたという歴史を学んだ。
爆心地に近かった人間は一瞬で消滅し、建物も人間ごと吹き飛んだと知った。
その後も死の灰とともに毒された黒い雨が降り注ぎ、人々を地獄に叩き落とし続けた。
それを学んだ時、青木は興奮した。
一瞬で人間を消し去り、その後も病と苦しみを与え続け、生物という生物を殺し尽くす原子爆弾という「力」に興奮したのである。
いじめてくる人間をいじめられている現実ごと焼き殺すことができるであろう原子爆弾の「力」は青木に興奮と同時に歪みを与えてしまったのだ。
そしてそれから十数年、原子爆弾にはまるで及ばないが、とても小さな「力」が己の指先に宿った。
「だけど…うぅ…全然興奮しないよ!こ、怖いだけだ!怖いだけじゃんか!!怖い!うぅわぁ!!」
青木は弾け飛んだガラス片の上に構わずにペタンと座り込んだ。
「嬉しくないんだよ…こんなの…。そうじゃないんだ!!俺が欲しいのは安心なんだ!!俺が欲しいのは安心!!それだけだ!!いじめられない…いじめがない…皆んなで仕事をして…皆んなで同じ方向を向いて!!時には喧嘩もして!!んで!改善をして!!皆んなで豊かになって!!…それだけなのに…。怖い…怖い…こんな怖いモノがあって…これで俺は!俺に!何をしろってんだよ!!の、呪い…?呪い返し…?そうなのか…?お…い…イィいいいい!!!!」
青木は右手首を左手で掴み、そのまま頭をがくんと落として額を散らばったガラス片の上に押し付けた。
チクチクとした痛みがかろうじて青木の正気を保っている。
『あぁいう奴に…銃口を向けたらどんな反応するんだろうな…。絶対に歯向かってこないって思ってる人間がさ、リアルに銃口向けて…膝でも一発撃ち抜いたらどう反応すんだろ…。』
青木はそのままの体勢で先日職場でそう独り言を言った事を頭で再生した。
「馬鹿な…そんなことできるわけないだろ?そんなことすりゃ俺は終わりだ。ハァハァ…お、俺は人間だ…。物事の判断すらできない虫けらとは違う…。」
青木は額を散らばったガラス片から離し、ゆっくりと顔を上げた。
僅かに額から出血している。
青木は右手首から左手を離してまた異変が起こっている右手の人差し指を見つめた。
「神様…こんなにまで俺に苦しみを与えてなんになるんだよ。神様…あんたが先陣を切っていじめに加担してどうする…。だけどな、神様…残念だったな。あんたの目的は知らない。だけど…俺は復讐なんてチンケな真似はしないよ。あんたぁ…あれだろ?俺にこんな悪戯を仕掛けてよ?俺に復讐をけしかけて遊ぼうとか思ってんだろ?だけどな、社会の一員は全てその肩に責任が乗っかってるんだ。なのに復讐なんて真似するか。あんたの遊びは失敗に終わる。いや、失敗に終わらせる。必ずだ!!」
青木は涙をポロポロと流しながら、何かを決意したようにアパートの天井を見上げた。
一章 「神の悪行」〜完〜
二章 「真空の刃」へ続く
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