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「びしょ濡れだな…ははっ」
「そうだね」
「寒くない…か?」
「ううん、へいき」
カホの返答は薄かった。ショウイチはすこし不思議に思った。
この頃のカホはずいぶん変わった。よく笑うし、よく喋るし、一緒にどこまでも付いてきてくれる。今まででいちばん仲良くなれたと思って、ショウイチはとても嬉しかった。
これじゃ、前までの冷たい女に逆戻りじゃないか。
雨でずぶ濡れになったのが、そんなに機嫌を損ねたのか。
「台風の話、聞いた?」
「ああ、大きいのが日本に上陸したって」
「それで、花火大会も中止になるんだって」
「え…」
ショウイチは一瞬、目を見開いてカホの方を見た。そしてすぐに、ああ、と息を漏らして首を垂らした。
当然行けるものだと、ずっと思い込んでいたから。言い出しっぺは自分なのに、そんな事も知らなかったなんて、情けなくて。
だけど、やっぱりショックだ。
この町で花火大会が開かれるはずだったその日に、台風が直撃してくる。もちろん花火は中止。
ショウイチにとって、これまでの人生で最大のイベント。カホと最後に過ごすはずだった、さいごのひととき。それが永久に失われるなんて。
「それでね…」
「?」
「引っ越しの日が前倒しになったの」
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