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「私ね…!」
震える声でカホが言った。
「夏休みがこんなになるなんて考えもしなかった…!誰かと過ごすなんてなかったはずの夏休みに、友だちと、ショウちゃんと一緒におしゃれして映画観たり、自転車で走ったり、虫捕まえたり…雨でびしょ濡れになったことも全部…すっごく…楽しかった…!」
キュ、と喉のしぼられた声と一緒に、髪に隠れた瞳から雫が一滴、きめの細かい手の甲に落ちる。
カホの、この夏に対しての想いがありったけ込められた言葉だ。
雨はずいぶん小降りになった。ショウイチがおもむろに腰を上げる。
濡れた目を上げてショウイチの姿を追うカホ。ショウイチが小屋の入口に立ったとき、逆光で目がくらんだ。
「引っ越しの準備は、いつごろ終わる?」
「え…明日の夜には…」
「じゃあ、ゼッタイに終わらせてくれよ」
言い終わると、風を切る音がするくらい大ぶりな仕草でカホの方を振り向く。
「あさっての夜、例の丘の上に集合な!」
それだけ言ってショウイチは、小降りの雨の中を、錆びついた自転車で突っ切っていった。
カホはただ、トタンと雨粒の奏でる硬い音の中で佇んでいた。
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