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最後の1日
8月31日、学校の屋上で待ち合わせをした私たちは一緒に河川敷まで向かった。途中、コンビニで割引された花火を買って。あの頃も、そうだった。
あの頃と違うのは、自転車置き場に彼のバイクが無いこと。歩いて向かったこと。
「蝉とヒグラシが喧嘩してる。うっせぇぞこら」
「参戦しないで。喧嘩なの? これ」
「違うの? 『お前の出番はもう終わった、すっこんでろ、俺の出番だ』ってヒグラシが蝉の縄張り奪いに来たんじゃないの」
「引継ぎしてんじゃない? 『あとよろ』って」
「あはははは。茜って、平和だな」
彼も、皆が思うよりもずっと、平和な人間だったと思う。
ずっと笑っていて、怒ったことなんて無かった。
あの夏もこの夏も、今日だって、ずっと笑っていた。
――最後の線香花火が落ちるまで、ずっと。
「6年前の夏はこのタイミングで茜に告ったけど、今日は今日で言いたいことがあるんだ」
「何?」
――――6年前、最後の線香花火の火玉が地面に落ちた後、10秒くらい無言の時間があった。きっと、お互い同じことを考えていた。
あの日、彼は私にたどたどしいキスをした。そして「茜が好きだ」と言ってくれた。
「順番違くない? 好きって言って、お互い同じ気持ちだったら、キスするんじゃないの?」そう言って照れ笑いする私に、彼は「前借り……」と言ってもう一度キスをして、私を強く抱きしめた。
「明日から毎日学校に行く。チャリで行く。喧嘩もしない。赤点も取らない。毎日茜と一緒に帰りたい。送ってやる。来年の夏休みはちゃんとしたデートがしたい。そんで、受験勉強もちゃんとやる。茜と一緒に卒業する。ただのクラスメイトじゃなくて、茜の彼氏になりたい」
26度の晩夏の夜。彼の想いがあたたかくて、彼の腕の中があたたかくて、ただただ、幸せだった――――。
「俺、今日までしかここに居られないんだ」
何となく、そんな気はしていた。
「うん」
「お願いがある」
「何?」
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